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【Hino HE】 出番待ちのハイキャブ

北海道に生息している三菱ふそうFVダンプの情報を入手し、2014年のゴールデンウイークは北海道で捜索を行っていました。 その際、ある整備工場に情報を求めて飛び込んでみると、工場脇にとても貴重な大型トラクタが待機していました。
ふそうFVダンプの捜索

朝の時間帯だったせいか、工場前の敷地に従業員がラジオ体操?朝礼?待ちの雰囲気で、突撃したこともあり、少し恥ずかしい思いをしながら撮影したことを思い出します。

Hino_he_2014_1.jpg
貴重な大型トラクタというのは 「日野HE型トラクタ」 です!

HE型はアクスル形式が4×2の高速型で、6×4の重量物運搬型のHH型、6×6の超重量物型のWG型というトラクタとともに、この時代のトレンドを牽引していました。

フロントグリル内の横バー形状、2色タイプのウインカー、日野ウイングマーク横のHEエンブレム、フロントオーバーハングが短いという特徴から、1971年から1976年にかけて製造されたHE型の中期モデルになります(ハイキャブ化された最初のモデル)

キャブの塗装が傷んでいるとはいえ、ハイキャブならではのアメリカンスタイルと重厚感があり、今でも古いトラック好きの間ではとても人気のあるトラックなのです。 

HE型ハイキャブは70年代の貨物輸送の大量高速化のニーズを狙って、ダブルストレーラー(セミトレーラーの後に同サイズのトレーラーを連結して構成するタイプ)も意図したショートBFW(Bumper to Fifth-wheel)というフロントバンパーから連結全長をできるだけ短くするパッケージで誕生したもので、フロントオーバーハングは当時の日本で最小の920mmとなり、必然的にハイキャブ方式のアメリカン・スタイルになったのでした。

International_Transtar.jpg
日野のデザイン部門の方によると、日野HE型ハイキャブのデザインを参考にしたのは米国の「International Transtar」ということで、特にクロムメッキを施したフロントグリルに相似したものを感じさせます。※画像はInternational TranstarⅡ

どうりでアメリカン・スタイルに見えるわけですね。

Hino_he_2014_2.jpg
日野HE型ハイキャブは整備工場内限定で使われており、古いがまだまだ使えるだとか。 この工場にやってきたのは昔だったようで、ベテランの従業員さんも「俺が勤めだした頃にはあったなあ」と言っていました。

真っ黒の日野ハイキャブといえば、トラック野郎 男一匹桃次郎 のライバル車で登場した「子連れ狼」を連想する人も多いのではないでしょうか。 子連れ狼は6×4のHH型でしたが、若山富三郎さんや夏目雅子さんが乗っていましたね。

バックミラー類は樹脂製に交換されていますが、70年代の雰囲気でいえばオーバル型のトラ柄ですね。 後付された煙突マフラーの出口の向きも気になります。

整備工場に居る事も幸いし、きちんとしたメンテによって機関は好調のようですが、できれば塗装をして化粧直しした姿を見てみたいです。 

関係者の皆さま、お忙しい中対応して頂きましてありがとうございました。


【Hino HE(中期型)】
推定製造期間 1971-1976年頃
絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★☆☆
満足度 ★★★★★
状態  構内車
撮影地 北海道
撮影日 2014年4月


【1970年】大型トラックのモデルチェンジに伴い、4x2のHEに新キャブを採用して登場。
【1971年】燃費とパワーで優れた直噴ディーゼルの“赤いエンジン”を搭載し、このときに初めてキャビンをハイキャブ化させたトール&ショートキャブスタイルになる。 エンジンにはEF100型ターボ、EF100型自然吸気、EG100型の3種類をラインナップ。
【1976年】新エンジン2機種を搭載すると同時に、キャブの搭載位置を前方に移動させたマイナーチェンジを実行。外観はフェンダー周り、ウインカー形状、グリルデザインが変更されて、ハイキャブの熟成を図った。 新たに投入されたエンジンはEF500型(315ps)とEF700型(330ps)の2機種。
【1980年】昭和54年排ガス規制の対応とともに、特徴的なハイキャブスタイルから一般的な大型トラックと共通のローキャブスタイルに変更された。エンジンにはV10 EV700型(415ps)を筆頭に3機種を搭載するなど、環境とパワーを兼ね備えたラインナップとなった。 (この当時、大型トラックの巻き込み事故が社会問題となっており、ハイキャブスタイルがやり玉になった話もあるとか)
【1981年】トラクタシリーズがスーパードルフィンに移行したため、HEの生産を終了。
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| Hino | 22:19 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Ranger KM】 カッパ顔のレンジャーが居た!

この春より転勤をことになり、仕事の引き継ぎ、引越しの準備、子供の入学の手続きなど、慌ただしい日々が続いたことにより、ブログの更新を出来ずにいましたが、ある程度落ち着いてきたので最近のネタをご披露いたします。

5月連休中は北海道へ飛び、前々から計画していた物件巡りを決行!
順調にお目当ての車体に遭遇していた中、途中に意外な大物を発見することが出来ました。

”初代 日野レンジャーKM”

国内では現役車どころか廃車を見るのは非常に難易度が高いので、発見した時は「Waoooo!」とその日の最高瞬間高揚度を記録しました。

Ranger KM型 について

Hino_Ranger_KM_Vacuum_1.jpg
こちらが北海道で眠る初代レンジャーKM型。
ドア開閉が前ヒンジの後ろ開きタイプなので、年式は1968年頃でしょうか。 キャブ周りは錆が進行しだしていて鉄板に穴が空いている部分もありますが、屋根の抜け落ちもなく、お金次第ではレストアも可能なコンディションでした。 

レストアするに当たっては正面の日野マーク以外は欠品部品はなさそうですが、60年代に採用されていた小ぶりの日野マークは探すのに困難を極めそうです。

バックミラーは小判型のミラーが標準ですが(アンダーミラー無)、この車は樹脂製のスクエアタイプとアンダーミラーを取り付けていた形跡が残っています。またミラーを交換したことにより、振動を抑えるためだろうか、グリルに直結したステーを新たに追加していました。

Hino_Ranger_KM_Vacuum_2.jpg
ボディ架装は 「タンクローリー?」
いや、北海道らしく「ミルクローリー?」
と思った人がいるかもしれません。

後ろ姿はご覧のとおり「バキューム架装」でした。
さすがに現役を退いてから月日が経過していたため、例の香りはありませんでしたが、この後ろ姿を見ると映画「トラック野郎 爆走一番星」の桃次郎と関根勤(当時:ラビット関根)のシーンを思い出します。 吸入・排出用のコックにはご注意してください。

自動車ガイドブックによると、タンク容量は3,750ℓで最高速は95km/hだとか。

Hino_Ranger_KM_Vacuum_3.jpg
カッパ顔のアップ。 いやぁ 見事なカッパ顔ですね。
グリルとバンパーを再塗装しただけでも見栄えが向上するし、RANGERの切り文字エンブレムが残っているのも素晴らしいです。 

設計者目線で気になったのは、ウインカーのレンズカバーのビス本数。
多くないですか、これ。

Hino_Ranger_KM_Vacuum_4.jpg
キャブはセミチルト方式を採用しているそうだけど、本当にチルトするんだろうか?
室内側のエンジンフードを脱着してエンジン整備が出来るようなので、どちらにしても中途半端なセミチルト方式だったのかもしれません。

Hino_Ranger_KM_Vacuum_5.jpg
インパネは計器類を中心に、ノブ式スイッチ、鉄板むき出しなど実用一辺倒で、今の軍用車よりも加飾を省かれた男の仕事場という感じです。

ヘッドレストは運転席から助手席までつながっており、脱着して仮眠用ベット用で使うのかもしれませんね。

1968_Hino Ranger_KM
こちらは1968年に雑誌広告されていた時の画像です。
レンジャーKM自体の写真写りが悪く、雑な造りの広告ですね・・・。

当時は4t積の三菱ふそうT620が爆発的に売れ、3.5t積から4t積にシフトしている時代。 「3.5t積トラックの決定版」というキャッチコピーも残念な感じがします。


【Hino Ranger KM 3.5t積(後期型)】
推定年式 1967-1969年
絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★★
満足度 ★★★★★
状態  廃車
撮影地 北海道
撮影日 2014年4月
 

【1963年10月】レンジャーKM300を発表。経済発展と共にトラックは6t、8t、10t積と大型化されていくが、4t以下は2t車しかなく、4t車と2t車の隙間を埋めるべく登場した。
【1964年7月】レンジャーKM300型(標準)とKM320D型(ダンプ)が発売され、同年の暮れに長尺車のKM340型が追加された。
【1966年頃】フロント周辺のデザイン変更とともに乗車定員が2名→3名となる。
【1967年11月】KM300シリーズのマイナーチェンジを行い、約40ヵ所に及ぶ変更とエンジンは90馬力から100馬力アップ。大型ワイパーとウインドウォッシャー等を採用するなど、悪天候時での安全性を高めた。

【1969年1月】レンジャーKL型(4~4.5t積)の発売後もレンジャーKM300シリーズ(3.5~4t積)を併売。
【1969年11月】レンジャーKM300シリーズのモデルチェンジを行う。キャブの全長を55mm延長して居住性を高めるとともに、ドアの開閉を後ろ開きにしたり、強化ガラス、ソフトパッドを採用したり安全性に考慮した。またグリルやウインカーは日野製キャブ統一デザインに変更された。
【1971年4月】レンジャーKM300シリーズのホイールベースを延長するなどの改良を行い、同時にKQシリーズを発売。
【1978年4月】レンジャーKM300シリーズのモデルチェンジを行い、KM500シリーズとして発売。エンジンはDQ100型(110ps)を搭載して動力性能のアップを図った。また、ハイバックシートやサイドミラーの大型化などの安全性を高めている。

【1979年頃】昭和54年排ガス規制に適合する形でK-KM系に改良、ネーミングはレンジャー3Mに変更される。
【1983年頃】昭和58年排ガス規制に対応するP-KM型が発売。グリルにはシルバーの縁取りと、RANGER 3Mのエンブレムが取り付けられた。
【1984年】レンジャーKM/3Mシリーズを20年ぶりにモデルチェンジを行い、ベットレスのデーキャブレンジャー3B型4C型に切り替わる。

| Hino | 12:21 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Hino Ranger KM】 普通免許で乗れる3.5t積だったが・・・

前回の初代レンジャーKMのネタに続き、今回は1966年にフロントフェイスを変更したモデルをご紹介いたします。 

(日野自動車のカタログは入手困難のため金銭面でも苦労します・・・)

1966_Hino_Ranger_1.jpg
初期型は1964年の登場ですが、僅か2年後の1966年にフロントマスクをガラッと変えました。ここではいつもお世話になっている「おけさ様」が呼称している”カッパ顔”としましょう。

初代レンジャーKM型は「普通免許で乗れる3.5t積」として売り出したものの、同じ時期には三菱ふそうT620型は「普通免許で乗れる最大限の4t積(しかも3人乗り)」として発売していたため、結果は言わずもがなです。

そこで日野は起死回生を願うべく”カッパ顔”のレンジャーKM型を登場させ、同時に乗車定員を2名から3名へ増やしたのでしたが相手が悪すぎました。 T620型は110psで4t積、しかもベッド付キャブで勝負になりません・・・

1966_Hino_Ranger_5.jpg
3人乗りになった車内は巨大なエンジンフードがあるため、中央に乗る人は大股開きの馬乗り姿勢になるし、シフトチェンジも邪魔くさそうです。

インパネは鉄板むき出しで、サンバイザーはバス風のクリアブルータイプが付きます。

1966_Hino_Ranger_2.jpg
こちらはレンジャーKM300アルミバン仕様で、DM100型4,313cc(90ps)ディーゼルエンジンを搭載し、最高速度は90㎞/hだとか。

幌仕様と違って食料品、飲料品、冷凍食品などを衛生的に輸送可能となり、さわやかなイメージを狙ってキャブカラーはスカイブルーになっています。

1966_Hino_Ranger_3.jpg
一方、3.5t積のKM320D(ダンプ仕様)はオモチャっぽい黄/赤のカラーになっていてチープな感じに仕上がっています。

積載量に関しては、1969年5月28日には4t積(100ps)に進化したが、
焼け石に水といったところか。


1967_Hino_Ranger_bed_1.jpg
1967年には長距離輸送ニーズに応えた”スリーピングキャブ付きKM340型が登場。
ロングボディ仕様の3.5t積ですが、1969年に発売されるレンジャーKL型までの暫定といったイメージで、スタイリングもちょっと変な感じです。この辺りで前開きドアが後ろ開きに変わったと思われます。

悪口ばかり書いてしまいましたが、実車を見てみたいトラック1台なのです。


【Hino Ranger KM 3.5t積(中期型?)】
推定年式 1966-1967年


【1963年10月】レンジャーKM300を発表。経済発展と共にトラックは6t、8t、10t積と大型化されていくが、4t以下は2t車しかなく、4t車と2t車の隙間を埋めるべく登場した。
【1964年7月】レンジャーKM300型(標準)とKM320D型(ダンプ)が発売され、同年の暮れに長尺車のKM340型が追加された。
【1966年頃】フロント周辺のデザイン変更とともに乗車定員が2名→3名となる。
【1967年11月】KM300シリーズのマイナーチェンジを行い、約40ヵ所に及ぶ変更とエンジンは90馬力から100馬力アップ。大型ワイパーとウインドウォッシャー等を採用するなど、悪天候時での安全性を高めた。

【1969年1月】レンジャーKL型(4~4.5t積)の発売後もレンジャーKM300シリーズ(3.5~4t積)を併売。
【1969年11月】レンジャーKM300シリーズのモデルチェンジを行う。キャブの全長を55mm延長して居住性を高めるとともに、ドアの開閉を後ろ開きにしたり、強化ガラス、ソフトパッドを採用したり安全性に考慮した。またグリルやウインカーは日野製キャブ統一デザインに変更された。
【1971年4月】レンジャーKM300シリーズのホイールベースを延長するなどの改良を行い、同時にKQシリーズを発売。
【1978年4月】レンジャーKM300シリーズのモデルチェンジを行い、KM500シリーズとして発売。エンジンはDQ100型(110ps)を搭載して動力性能のアップを図った。また、ハイバックシートやサイドミラーの大型化などの安全性を高めている。

【1979年頃】昭和54年排ガス規制に適合する形でK-KM系に改良、ネーミングはレンジャー3Mに変更される。
【1983年頃】昭和58年排ガス規制に対応するP-KM型が発売。グリルにはシルバーの縁取りと、RANGER 3Mのエンブレムが取り付けられた。
【1984年】レンジャーKM/3Mシリーズを20年ぶりにモデルチェンジを行い、ベットレスのデーキャブレンジャー3B型4C型に切り替わる。

| Hino | 09:51 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Hino Ranger KM】 これが最初のレンジャーなのだ 

これまで昭和時代に生産された古い商用車を撮影し、その数4,000台前後(小型~大型トラック)に達しておりますが、1960年代の中型~大型の車両となると、もはや国内で生存している個体自体が珍らしいため発見することが困難になっています。

そうした状況の中で、1963年に発表、翌年に発売された初代日野レンジャーKMも幻のトラックと言えるでしょう。今でこそ日野レンジャーといえば、中型トラックを代表するブランドに成長していますが、初代レンジャーについては意外と知られていないし、ネットなどにも情報が出ていません。

ここは身を犠牲にし、決して安くはない当時の初代レンジャーのカタログを入手!

1965_Hino_Ranger_KM_1.jpg
カタログの表紙は、初代レンジャー前期型が首都高(銀座付近?)を走っています。

1960年(昭和35年)頃から、都市部での交通渋滞が激しくなるとともに、大都市への大型車乗り入れ規制が実地され、同時に建設省が車幅制限を提案するなど、トラック輸送のありかたが大きく変換することになりました。

また市場では三菱ジュピターが2.5t~3.5tのラインナップで大型車(8t~10t)と小型車(2t)の間を埋める隙間商品として大ヒットしていた状況でした。

こうした中で日野は3.5t積のトラックを開発し、1963年の第10回 東京モータ-ショーに出品。この時に新製品の名称を公募し、ペットネームが「Ranger」に決定したのです。1964年7月の発売に当たっては、オーストラリアでの実車耐久テストを行うことで「壊れない経済的なトラック」という高い評価をえるようになったそうです。

1965_Hino_Ranger_KM_2.jpg
初代レンジャーは丸みを帯びたデザインで、可愛らしいという言葉がピッタリです。

ドアは後ろヒンジの前開き式ですが、1969年のフルモデルチェンジでは安全性のために前ヒンジに変更しています。この頃はサイドバンパーやリヤバンパーなどの装着義務はなく、室内側でもシートベルトやヘッドレストも付いていないのが当たり前でした。

1965_Hino_Ranger_KM_4.jpg
乗車定員は2名のキャブはセミチルト式とし、車両整備用の脱着式エンジンフードを開けると、新開発のDM100型 6気筒水冷ディーゼル 4,313cc(90ps)が収まる。同時にシンクロメッシュ式のトランスミッションによって操作も楽に出来ていました。

車種構成を整理すると
・KM300型 ⇒ 3.5t積 標準車(W/B:3,300)
・KM320D型 ⇒ 3.5t積 ショートホイールベース車(W/B:2,650)
・KM340型 ⇒ 3.5t積 ロングホイールベース長尺車(W/B:3,800)

1965_Hino_Ranger_KM_3.jpg
この当時、他社は4t積クラスに移行していたためレンジャーKM型型の販売は低迷。
日野はあわてて1966年頃から普通免許で運転できる最大の積載量を誇る”レンジャーKL型”の開発を進め、3.5t積のレンジャーKM型は次第に埋没していったのでした。


【Hino Ranger KM 3.5t積(前期型)】
推定年式 1964-1966年


【1963年10月】レンジャーKM300を発表。経済発展と共にトラックは6t、8t、10t積と大型化されていくが、4t以下は2t車しかなく、4t車と2t車の隙間を埋めるべく登場した。
【1964年7月】レンジャーKM300型(標準)とKM320D型(ダンプ)が発売され、同年の暮れに長尺車のKM340型が追加された。
【1966年頃】フロント周辺のデザイン変更とともに乗車定員が2名→3名となる。
【1967年11月】KM300シリーズのマイナーチェンジを行い、約40ヵ所に及ぶ変更とエンジンは90馬力から100馬力アップ。大型ワイパーとウインドウォッシャー等を採用するなど、悪天候時での安全性を高めた。

【1969年1月】レンジャーKL型(4~4.5t積)の発売後もレンジャーKM300シリーズ(3.5~4t積)を併売。
【1969年11月】レンジャーKM300シリーズのモデルチェンジを行う。キャブの全長を55mm延長して居住性を高めるとともに、ドアの開閉を後ろ開きにしたり、強化ガラス、ソフトパッドを採用したり安全性に考慮した。またグリルやウインカーは日野製キャブ統一デザインに変更された。
【1971年4月】レンジャーKM300シリーズのホイールベースを延長するなどの改良を行い、同時にKQシリーズを発売。
【1978年4月】レンジャーKM300シリーズのモデルチェンジを行い、KM500シリーズとして発売。エンジンはDQ100型(110ps)を搭載して動力性能のアップを図った。また、ハイバックシートやサイドミラーの大型化などの安全性を高めている。

【1979年頃】昭和54年排ガス規制に適合する形でK-KM系に改良、ネーミングはレンジャー3Mに変更される。
【1983年頃】昭和58年排ガス規制に対応するP-KM型が発売。グリルにはシルバーの縁取りと、RANGER 3Mのエンブレムが取り付けられた。
【1984年】レンジャーKM/3Mシリーズを20年ぶりにモデルチェンジを行い、ベットレスのデーキャブレンジャー3B型4C型に切り替わる。

| Hino | 13:11 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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Hino Ranger2】 ウイングマークの白い2t車

今回は「初代 日野レンジャー2」のリクエストに応え、記事を書いてみます。

日野レンジャー2について簡単に説明すると、1978年に2t車のレンジャー2を発売し、約2年後に3t積のレンジャー3が発売。2度のフルモデルチェンジを行った後の1999年に日野デュトロへ移行するとともにレンジャー2・3ブランドは消滅しました。

ベースとなったのはトヨタ・ダイナですが、日野版としてフロント周りの意匠を変更した「日野レンジャー2・3」と、ダイハツ版の「ダイハツ・デルタ」とともにトヨタグループの3兄弟として商品化されたのですが、大中型トラックを得意とする日野の販売網はトヨタに比べると弱く、ダイナに比べると販売台数は桁違いであったと思います。

1978年の発売当初の初代日野レンジャー2の販売目標が700台であり、約6年の販売期間で発売された台数を予測すると(乗用車の年次減衰率を適用)約3万台弱くらいではないでしょうか。

Hino_Ranger2_Van.jpg
画像は2012年7月、北海道で目撃したレンジャー2のアルミバンです。
アルミバン仕様は平ボディや特装車に比べると走行距離が延びてしまい、すぐに廃車になるケースが多いのですが、こちらの会社では綺麗な姿で残っていました。見た感じ大事に使われていることが分かります。

キャブデザインは70年代の日野顔を2t車に移植したもので、大型車と中型車に共通するウイングマークとグリルデザインが特徴になっています。

Hino_Ranger2_K-HV25_1.jpg
こちらはたまたま通りかかったローデッキ仕様(超低床荷台)で、とても30年以上が経過したとは思えない位のピカピカ車両でした。この車は間違いなく車庫保管でしょう。

70年代までの小型トラックはブルー系やブラウン系のボディカラーが標準とされていましたが、80年代初頭になるとホワイトボディのブームとなりました。新しさや清潔さなどの効果があるのかもしれませんが、ホディカラーでメーカー毎の判別が出来なくなったのは残念です。

Hino_Ranger2_K-HV25_2.jpg
イメージしてみて下さい。
小動物でも同じことがいえますが、黒目が大きくなると可愛く感じられ、守りたくなる気持ちになると思います。 このレンジャー2も男っぽい日野デザインを踏襲しているのですが、何となくカワイイ感じに見えませんか?

Hino_Ranger2_K-HV25_3.jpg
連写モードで撮影したので、同型車を続けて掲載。


【Hino Ranger 2】
製造期間 1978-1984


1978年8月4日、日野はこれまで中型トラックのレンジャーシリーズ3.5~6.5t積に加え、小型トラック市場に新風を送り込む新しい2トン車を発売。 ラインナップは高床ボディから超低床ローデッキまで4タイプを用意し、エンジンは瞬発力と粘りのB型ディーゼルエンジン(85ps)と俊敏さと信頼のDG型ディーゼルエンジン(75ps)を搭載。

1978年12月12日、レンジャー2に建設用ダンプ4車種を加え発売した。
B型とDG型ディーゼルエンジンの2種類を搭載し、荷台長2,850mmの標準ダンプと3,000mmのロングダンプを揃え、積載量はともに2t積であった。(この頃に全車バンパーフォグ穴が追加されたと思われる)

1980年10月29日、3t積小型トラックの「レンジャー3」を設定し発売開始。
2t車では小さく、4t車では大きいというユーザーに向けた機種で、ロングボディ車にワイドキャブを装着。3B型ディーゼルエンジン(98ps)と排気ブレーキを搭載するなど、力強さと安全性を高めている。

1983年3月24日、レンジャー2・3シリーズを改良し、昭和57年排ガス規制(K規制)を適合するとともに、性能と装備を向上させた。また急速グロー式始動装置による始動性を向上させている。

1984年9月6日、レンジャー2・3シリーズのフルモデルチェンジを実施。

絶滅度 ★★★★☆
レア度 ★★☆☆☆
満足度 ★★★★☆
状態  現役車(2台とも)
撮影地 北海道(2台とも)
撮影日 バン:2012年7月、ローデッキ:2011年10月

| Hino | 11:03 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

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