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【タイ第2弾】 日産ディーゼル Cシリーズ

バンコクのネタ第2弾ということで、今回はバンコク市内を流れている 
「チャオプラヤー川(メナム川)」 に行った様子をレポートいたします。

Khlong_Toei_1.jpg
チャオプラヤー川(メナム川)はタイでという大きな川があり、稲作用の水資源であるとともに水上物流の重要な役割を果たしています。 

一方で2011年のモンスーン期起きた大洪水では、タイ国内で800名前後の命を奪った災害も記憶に新しいです。

高低差の少ない土地なので川の流れに勢いはなく、生活用水も垂れ流しなので水質は非常に悪く、異臭も気になります。

ためしに画像と同じタイプの渡し船に乗って対岸まで渡ってみましたが、船着き場で降り方よく分からず、一緒に乗っていた20歳代の女性に手を差し出されて助けてもらいました。

タイ仏教では「徳を積む」(タンブン)ことによって、”いい来世が得られる” と言われ、見返りを求めない慈悲が美徳とされているので、他のアジアに比べても凄く親切な方が多い印象です。

Khlong_Toei_2.jpg
レポートに話を戻し、チャオプラヤー川にはクローントゥーイ港(バンコク港)という物流用の港があり、コンテナ船やコンテナ運搬用のトラックが多く見られるエリアです。

2017_Thai_Isuzu_Forward.jpg
バンコクでは20フィートコンテナの取り扱いが多く、トラックは日本の中型車キャブを使った3軸車が多く見られます。

現役車の古参車種では、風のレンジャー、さわやかコンドル、初代ファイター、そして画像の840フォワード。

2017_Thai_UD_C-series_1.jpg
20フィートコンテナ運搬トラックといえば、10年前までは70年代製造の日産ディーゼル・Cシリーズが幅を利かせていたいましたが、現在ではマイノリティの存在ですね。 

また、同じ70年代製造の日野KF、三菱ふそうFU、いすゞニューパワーは昔から全く居なかったので、タイで見かけることは皆無です。

2017_Thai_UD_C-series_2.jpg
日産ディーゼル・Cシリーズといっても77年にマイナーチェンジを行った後期タイプばかりで、キャビンカラーは白が定番。

バンパーはオリジナルを装着している車体は少なく、未だに見たことがありません。

2017_Thai_UD_C-series_3.jpg
こちらのCシリーズは全身が真っ白でヘッドライト・ベゼルを赤にした車体。 
「歌舞伎メイクっぽいなぁ」 と思ったのは私だけでしょうか?

バンパーはクルージングレンジャー用をベースにスポイラーを2重装着していますが、バランス的にはいい感じですね。

2017_Thai_UD_C-series_4.jpg
タイの気候はスコールなどを特徴とする雨が多い地域ですが、キャビンの錆はあまり見かけません。 古い車体だとペンキを分厚く塗りたくった厚化粧によって錆から守っているんですね。

2017_Thai_UD_C-series_5.jpg
ルーフキャリアにビバンダム君を取り付けるのがブームみたいですが、

「う~ん 何かが違う」

ローカル色を強めるにはタイ版の仁王像を取り付けるしかないでしょう。

2017_Thai_Niou-buddha.jpg
こんなのとか。

2017_Thai_UD_C-series_6_20170305110547701.jpg
港周辺にはトラックの整備街もあり、一般路を使って整備している風景がみられます。
この日産ディーゼル・Cシリーズを整備していたお店では、食品を売っていたり食事も出来たりとある意味コンビニ以上のサービスを提供していました。

2015_Indonesia_UD_C-series.jpg
最後の画像は、2015年にインドネシアで撮影した日産ディーゼル・Cシリーズです。
オリジナルパーツも欠損していて、かなりくたびれた様子ですが、轟音を響かせて走行していました。

フロントグリルとヘッドライト周辺は前期型に似ていますが、おそらくインドネシアで多く使われている黄金キャンターのグリルを移植しているものと推測します。

日本の公道では日産ディーゼル・Cシリーズをまず見かけませんが、アジアの一部の国では今でも現役で活躍しているシーンを見ることができます。 環境の事を考えると排ガスや騒音規制も大事なことですが、経済発展に貢献してきた古いトラックたちを強制的に排除する法律ができないように遠い地から祈ります。
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| Nissan diesel / UD | 11:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Isuzu TXD】 タイでは今なお現役

いろんな国に行く機会があり、最近では9年ぶりにタイ(バンコク)に行ってきました。
タイに行かれる方は人それぞれ楽しみ方がいろいろありますが、私の場合は乗り物系を楽しむこと。

2017_Thai.jpg
バンコク市内の渋滞は相変わらず解消していませんが、BTS(スカイトレイン)やMRT(地下鉄)などは安くて便利ですし、バスやバイクタクシーなどそれなりのリスクがあるものの手軽で安い。 いろんな交通手段を使えば自由自在にどこでも行けます。

2017_Thai_Isuzu_TX_1.jpg
9年前のバンコクは70年代のトラックが沢山走っていましたが、久しぶりに訪れるとトラックの更新が進んでいて、街中や高速道路で見るトラックは最近のモデルばかりで面白みがありません。

たまに見かけるのが個人所有と思われる使い込まれたいすゞTXD系のボンネットトラックくらい。

2017_Thai_Isuzu_TX_2.jpg
仕事でバンコク市内を移動中に「いすゞTXDトラック」の”ねぐら”を発見したので、休日にトゥクトゥクやバイクタクシーを駆使して訪問してみました。

そこは高速道路の高架下を利用した駐車場で、周辺一帯は運転手などが暮らしているスラム街が広がっており、掘立小屋のような住居と住民相手に商売をしている店舗が沢山集まっているような場所なので、外国人観光客は居るわけありません。 

当然トラックの写真を撮っている私は異質な存在です。

2017_Thai_Isuzu_TX_3.jpg
こちらの「いすゞTXDトラック」はタイで伝統的な装飾を施した車両です。
画像では分かり難いけどドアレスの木製キャビン仕様となっています。

「何故いすゞTXDトラックが多いか?」 という疑問が湧いてくると思いますが、タイにおけるいすゞの事業は1956年よりスタートし、当初は完成車の輸入ビジネスでしたが、1963年にタイ政府の自動車国産化政策を受けて自動車組み立て工場を建設し、
セミノックダウン方式で日本から部品を輸入してトラックの組み立てを開始しました。

その時に生産されたの車体がTXDトラックで、タイ政府の政策もあって半ば国民車的な位置づけになったのだと思います。 サードパーティ業界も純正品より安くパーツを供給してくれているのでTXDトラックは現在も生き延びてこられた訳です。

2017_Thai_Isuzu_TX_4.jpg
タイでセミノックダウンされたいすゞTXDトラックはキャビンレス(フロントウインドとスカットルのみ装着)だったようで、ルーフやボディ周辺は木製のパーツを装着している車両が基本となるます。

装飾はタイの宗教や寺院などをモチーフとしていて、幸福と安全と商売繁盛などを願ったものだとか。

2017_Thai_Isuzu_TX_5.jpg
こちらのTXDはドアパネルが装着されており、LEDライトやミラーを多数装着した近代手法の飾りで仕上げられています。 全長が短いのでダンプ仕様かもしれません。

この日一番美しいTXDトラックでした。

2017_Thai_Isuzu_TX_6.jpg
TXDトラックの日本生産は1970年代に終了しましたが、タイでは80年代も生産が続けられフロントフェイスもスクエア顔に変更されました。
グリルに取り付けられたいすゞマークは矢羽タイプになっています。

2017_Thai_Isuzu_TX_7.jpg
このTXDトラックのディティールを観察することにします。

2017_Thai_Isuzu_TX_8.jpg
後ろ周りは、追突時の車両潜り込みを防止するリヤバンパーやサイドバンバー、マーカーライトなど未装着で、交通弱者に対しての安全は全く考えられていません。 

2017_Thai_Isuzu_TX_9.jpg
ヘッドライトの光軸も大変なことになっていますが、気にならないのですかね。
それから、リベットを沢山つかった装飾をしているのが何故かTXDトラックだけというのも気になります。

タイ語が話せればドライバーにインタビューしたいのですが、英語で話しかけても微笑むだけでした・・・

2017_Thai_Isuzu_TX_10.jpg
最後は運転席周りです。

運転に必要最低限のメーターとスイッチのみのシンプル仕立て。 キャビンの木製はもちろんのこと、シートも木製にクッションを敷くだけのもので、もうベンチに座って運転するような感覚です。 背もたれの角度(トルソ角)は垂直ですし、こんな車両を運転しているドライバーの体が心配になりますが、これからもTXDトラックと共に頑張ってほしいです。

| Isuzu | 14:54 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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【ダイハツ V150】 久々の再会 

肌寒い季節となり、バイクでの移動も数日前より冬装備へと衣変えしました。
9月は雨ばかりで10月は何かと忙しく、バイクに乗れない日々が続いたせいで徐々にストレスも蓄積しているかもしれません。

さて、今回は2008年4月に撮影したダイハツV150レッカーについての報告です。
ダイハツV200 1
【ダイハツ V150】 黒ひげレッカー車

数年前の黒ひげレッカーは
「草に覆われ資材と一緒に放置されているような状態」

でしたが、最近近くを通ってみたので気にしてみてみると・・・

「おおっ !」

Daihatsu_V150_Wrecker_1.jpg
きれいさっぱりとなった姿となり、再帰に向けて整備されようとしている雰囲気でした。
持ち主にV150の事を聞きたかったのですが、留守にしていたため詳しい話が聞けず
写真だけ撮らせてもらいました。

8年半後の姿は少々色褪せ、錆の進行は見られるものの、キャビンまわりはしっかりしているようで、欠損・破損した部品もなさそうですね。

Daihatsu_V150_Wrecker_2.jpg
レッカーの架装は取り外されてしまいましたが、新たに当時の一方開きを載せるといい雰囲気になりそう。

この顔は1968年から1970年の僅かな期間しか生産されていない貴重なクルマなので、公道復帰できることを期待したいです。


【Daihatsu V150 平床三方開き(後期型)】
推定年式 1968-1970年頃

1950年代、ダイハツの小型トラックはベスタという名称が付けられており、1500ccのV型2気筒エンジン(ガソリン)を搭載していたが、1960年を過ぎた辺りから1500cc 4気筒のFA型エンジン(ガソリン)を搭載されると、ベスタの名称は消えV200という名称で呼ばれるようになった。
1964年頃には新型Vシリーズが登場し、FA型 1500ccの他、FB型1861ccやDE型ディーゼルエンジンのバリエーションが加わることになった。

写真はヘッドライト位置とグリルが変更された1968年頃から1970にかけての後期モデルで、その後はデルタへとバトンタッチされた。

1960年代の特徴であるアップライトのヘッドライト位置や、セミキャブオーバースタイルが独特の雰囲気を持っており、丸みのあるデザインとグリル形状から”黒ひげ危機一髪”のキャラに見えてしまう。


絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★☆
満足度 ★★★★★
状態  敷地内放置
撮影地 栃木県
撮影日 2016年10月

| Daihatsu | 12:01 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Mitsubishi FUSO FV】 北のダンプ2連発

このところ雨天ばかりの天気で、友達とツーリングの約束をしてもお流れになり、
せっかく過ごしやすい季節なのに損している気分です。

季節の変わり目なので仕方のないことですが、「雨天で喜ぶ業界の人って誰だろう?」 
って考えると、タクシー業、ショッピングモール、映画館などを思い浮かべるけど、 
自然を相手にする職種の人にとっては困ったものですね。

そんな憂鬱な気分を吹き飛ばすため、
今回は、過去に撮影した 「お宝トラック」 をご紹介いたします!

Fuso_FV_Dump_Hokkaido_1.jpg
まずは北海道のある農場で撮影した 「三菱ふそうFVダンプ」 です。
大型トラックのFシリーズよく見かけた赤茶カラーは経年劣化によって肌荒れしていますが、
牧場で使われているトラックに比べるとキャビンもしっかりしている様子です。

日本には 「侘び寂び」という美意識があり、まさにこのトラックは古びた美しさがとても魅力的です。

Fuso_FV_Dump_Hokkaido_2.jpg
数年後に再会したFVダンプはベッセルを上げた状態で駐車していたんだけど、
修理/整備している様子で、少し寂しげな表情に感じられました。

Fuso_FV_Dump_Hokkaido_3.jpg
グリル中央のMマークとグリルサイドのリフレクターがあるので、1977年からブラックマスクに切り替わる1979年までのモデルのようです。

Fuso_FV_Dump_Hokkaido_5.jpg
こちらのFVダンプも1977年から1979年頃のモデルですが、メッキバンパーやメッキグリル、それと小ぶりのフロントバイザーでいい雰囲気にメイクアップされています。

本来だとターンシグナルは全体的にアンバー色なのですが、ポジションランプの部分がクリアになったブラックマスクのものが取り付けられていて、バンパーの下にはアンダーガードが取り付けられていて、冷却系を保護していました。

Fuso_FV_Dump_Hokkaido_7.jpg
ゲートは嵩上げの改修を施しており、テールゲートは外されていました。


【Mitsubishi FUSO FV (前期型)】
推定製造期間 1977-1979


絶滅度 ★★★★☆
レア度 ★☆☆☆☆
満足度 ★★★★★
状態  現役車
撮影地 北海道


1973年12月、それまでのTシリーズからFシリーズにフルモデルチェンジ。
搭載するV8ディーゼル エンジンはTシリーズのDC型を受け継ぐものの、石油ショック以後の低燃費のニーズに応えて予燃焼室式から直接噴射式に変更。8DC4型(265ps)と8DC8型(305ps)の燃費とパワーを両立するエンジンを搭載しました。外観はクリスタルカットと呼ばれるシャープなキャブデザインが特徴で、室内は操作性と快適性を向上させている。

1979年、Fシリーズの大幅モデルチェンジを実施。
主に昭和54年排出ガス規制に適合するエンジンとともに、内外装のグレードアップも図られた。フロント周りでは"ブラックマスク"と呼ばれるグリルを装着し、ミラーステーやポジションランプのクリア化が行われ、ワイパーは黒塗装になる。

1983年、大型トラックシリーズのフルモデルチェンジ。
従来のFシリーズから、ザ・クレートシリーズに切り替わった。

| Mitsubishi / FUSO | 13:28 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Toyota Kijang】インドネシアの多目的車 「初代キジャン」

昨年(2015年)の12月、インドネシアのジャワ島を訪問する機会がありました。

こちらの車事情は現代の車と混じって、1970年代の日本車を中心に40年選手が普通に走っているし、黄金キャンター(現地名Colt diesel)は写真を撮るのも面倒なくらいにウジャウジャ見かけます。 旧型商用車ファンにとっては夢のような世界ですね。

さて、インドネシアでは長年見てみたかった多目的車 「初代トヨタ・キジャン」 を獲得するのが最大のミッション。

貴重な初代キジャンをGetするため、暇をみてはいろんな場所を歩きまわったものの、大都市のジャカルタやスラバヤではキジャンの獲得ならず・・・
(2代目だったら見かけたが)
「都市部には居ない」と悟った私は、中部ジャワエリアの田舎地域で探索してみると、

そこには・・・

Toyota_1st_Kijang_1.jpg
いた!いた!いた!いた!

朝市近くの屋台が並んだ場所で初代トヨタキ・ジャンが居ました! 
でも駐車位置の関係でフロント側の写真撮影が今一つ。
近くにボーッと椅子に座っている人に、「この車のオーナーは誰?」 と聞いてみると、
その人は屋台に居る人を指差して教えてくれた。

早速キジャンオーナーに写真撮影の件で話しかけてみると、

キジャンオーナー  ( ゚д゚ ) 「????」 

何で俺の車を撮る必要があるのか? みたいな表情をしていたので、
チップを少量渡すと、キジャンオーナーは無言で車の方向へ歩き出しました。

Toyota_1st_Kijang_2.jpg
青のノースリーブ ジャケットを着ている人はフリー誘導員で、キジャンオーナーを教えてくれたのもこの人。 車をバックさせる時に誘導し、その見返りにチップをもらうことで収入を得ているらしい。

写真を数枚撮った後、キジャンはすぐに走り出したため、細かい部分は観察できなくて残念でしたが、かなりオリジナルを保っている車体でした。 
(理想をいうと、窓はガラスじゃなくて幌タイプを見たかった)

Toyota_1st_Kijang_3.jpg
こちらも中部ジャワの地方都市で見かけた初代キジャン。

初代キジャンは1977年6月に発売された多機能車で、この初期モデルは「必要最低限の機能」と「過酷な使用環境にも耐えうる性能」、そして汎用性に豊んだ低価格車」というコンセプトに基づき、ノックダウン(CKDタイプ)された車両で、インンドネシアのほかフィリピンやマレーシアなどでも現地名で発売された。
(残念ながら日本での販売はされていない)

初代、2代目キジャンは折り紙細工のようなボディが特徴ですが、これにはインドネシアでノックダウン生産をする条件に、ボディ部品を現地で調達する必要性があったが、現地の技術で設備投資を少なくすることを考慮した結果、直線の折り曲げを行うベンドを中心にした結果だったから。

Toyota_1st_Kijang_4.jpg
続いて中部ジャワのガソリンスタンドで見かけたピンクの初代キジャン。
ちなみに給油口は助手席側のドアノブ後方にあります。

オーナーが若いだけに、足回りを中心にカスタムされていました。 フロントバンパーは2代目キジャンからの流用らしく、フロントグリルのオーナメントは宗教的なものが取り付けてありました。

Toyota_1st_Kijang_5.jpg
キジャンといえば、カロセリという町の自動車工場レベルのボディ架装メーカーとの繋がりが強く、カロセリ業者はバスボディやトラックの架装を手掛けてきた経験を生かし、初代キジャンも各地のカロセリの手によって様々なボディが製造されたそうだ。
(カロセリとはイタリア語のカロッツェリアの発音からきているのだとか) 

画像のバスボディもそうしたカロセリ業者の一つが制作したものだと思われます。
(フロントフェンダーも違っていますね)
オーナーのリクエストに応じて架装してくれるため、ニーズに合った車が素早く手に入る一方で、雨漏りとかのトラブルも多かったのだとか。

Toyota_1st_Kijang_6.jpg
カロセリの技術ではスライドドアやテールゲートを制作するのは厳しかったようで、ヒンジ式の2列目ドアやRRエンジン搭載車に見られたような、エンジンメンテリッドのようなリヤハッチが見受けられます。

Toyota_1st_Kijang_7.jpg
インパネ周りは本当に必要最低限のものしか付いていませんでした。 エアコンも無いので当然HVAC(エイチバック)も必要ないし、ラジオや時計すらありません。
今の時代だと逆にシンプルな運転席も新鮮に感じるし、楽しそうなイメージがある。
不思議なものですね。


【Toyota Kijang】
製造期間 1977-1980年

絶滅度 ★★★☆☆
レア度 ★★★☆☆
満足度 ★★★★★
状態  現役車
撮影地 インドネシア 中部ジャワ地域
撮影日 2015年12月



【1976年12月】
トヨタは新たに開発した多目的用途車BUV(basic utility vehicle)をまずフィリピンに導入し、今後状況に応じて他の国々にも導入することを発表した。
(フィリピンではタマラオという名前で発売)

【1977年6月】
多目的用途車BUVをインドネシアで発売することとなり、トヨタ車の輸入・販売代理店である「トヨタ・アストラ・モーター社」を通じて販売された。
インドネシアでの車名は「Kijan:キジャン」とし、現地で鹿を表す言葉を使用した。

キジャンはインドネシアの工業化政策と多様化する輸送ニーズに対応するために投入されたもので、キジャンの組み立てはインドネシアのトヨタ車の組み立て会社である「マルチ・アストラ社」が担当するが、エンジン、トランスミッション、シャシー等は日本から供給し、キャブ、デッキ、フレーム等は現地のトヨタ・モビランド社が生産を行った。

搭載エンジンは 水冷直列4気筒OHV 1200cc のガソリンエンジンに4速フロアMTが組み合わされる。 ローサイドピックアップの最大積載量は855kgとなっており、当初の月販台数は200台であった。

初代キジャンはいろんな制約の中、台数も多く売れたとはいえないけども、国の発展に尽力を尽くした車であり、今もなお現役で使われているという現実に、敬意を表したい。

| Toyota | 14:29 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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