| PAGE-SELECT | NEXT >>

>> EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

【Nissan C80】 抜群の機動力・経済性の3.5t積

年末の京都観光の際、以前から気になっていた京都の日産C80型3.5tトラックの様子を見に行ってきました。 日産C80が置かれている周辺は雪が積もっており、今期初の雪景色の中、じっくりと車両をウォッチングをさせて頂きました。

Nissan_C80_1
何と言っても日産C80型3.5t積の特徴は”セミキャブオーバースタイル”で、ちょっぴり張り出したボンネットには雪が堆積しており、可愛らしい対向式ワイパーは雪に埋もれた状態でした。

室内を見渡すと、シートにはヘッドレストが無かったり、シートベルトの確認も出来なかったり、外観ではバックミラーやフラッシャーランプ等も小型で、60年代の安全基準で設計されたのがよく分かります。 

Nissan_C80_2
フロントパネルからドアにかけてのモールディングや、フロントパネルの”Nマーク”とドアヒンジ付近の3.5tのエンブレムなど、トラックにしては手抜きをしておらずコストをかけた造りになっていました。

セミキャブオーバースタイルは個性的な印象になりがちですが、日産C80型は奇をてらわないシンプルなキャブデザインで構成されており、非常に好感度が高く仕上がっています。

Nissan_C80_3
所有者は近くの自動車ショップと思われ、カーキャリアに改造された荷台は最低限の装備のみで、キャブ後部を守る鳥居はありませんでした。 衝突の際には、キャブに積荷が突っ込んできそうで恐ろしです・・・


【1971 Nissan Type C80 3.5t】

1965年10月21日、3.5t車のC80型と3t車のSC80N型を発売。
エンジンは初代プレジデントに搭載された新設計H30型3ℓガソリンエンジンと、サファリやシビリアンにも搭載されたSD33型3.3ℓディーゼルエンジンを搭載。

絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★★
満足度 ★★★☆☆
状態  廃車/保存車
撮影地 京都府
撮影日 2013年12月
スポンサーサイト

| Nissan | 22:26 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

【お台場旧車天国2013】 プリンス・キャブオーバートラック軍団

2013年10月7日(日)、お台場で初開催された”お台場旧車天国”をレポート。
国産車から外車までありとあらゆるジャンルの乗り物が沢山集結し、博物館に展示されてもいいほどのお宝級旧型車両が所狭しと並べられていました。

思った以上に年季のいった商用車が沢山出展されており、大変満足できた一日でした。来場しているお客さんも車両に負けないくらいの年期のいった個性豊かな人が多く、ヒューマンウォッチングをしていても退屈しないですね。

Prince_Truck_All.jpg
会場入りが遅かったため、撤収している時間帯に撮影した写真が多いですが、まずはプリンス製キャブオーバートラック軍団から行ってみましょう!

Prince_Homer_odaiba_1.jpg
快獣ブースカに良く似た顔を持つこのトラックは、初代プリンス・ホーマー。
エンジンはG1型 直列4気筒1,484cc(70ps)ガソリンエンジンを搭載し、最大積載量は1,250㎏積となっています。

プリンスマークとウインカーが小型なので、1964年から1967年頃の初期モデルと思われます。何と言ってもドアヒンジがバックミラーステーの取り付けを兼ねているのがユニークですね。

Prince_Homer_odaiba_2.jpg
実用的ではないかもしれませんが、一方開き車はキャブから荷台まで連続的なデザインが美しいです。 錆一つない極上のコンディションにもかかわらず、出店用の荷物を運ぶという働きっぷりでした。

Prince_Clipper_odaiba_1.jpg
続いて初代プリンス・クリッパー。

初代の登場は1958年ですが、このトラックは1963年に4灯ライトに変更された後期型になり、2代目が登場する1966年まで製造されていました。

当時のカタログでは中型トラックと謳われており、エンジンはG2型 直列4気筒1,862cc(91ps)ガソリンエンジンを搭載し、最大積載量は2,000㎏積となっています。

個性的な顔立ちによって埋没していますが、ワイパーの待機姿もユニークです。

Prince_Clipper_odaiba_2.jpg
荷台後部はリアオーバーハングを切り詰めたノンオリジナルのようですが、元はレッカー車だったのかな。
テールライトも大型トラック用か産業機械用のものが付いているし、ナンバープレートの位置も怪しい・・・

Prince_Clipper_odaiba_3.jpg
この2代目クリッパーは以前ブログでご紹介したことのある車両。
高速道路で見たクリッパー
4つの楕円形状と2ヵ所の十字グリルがとっても個性的です。

Nissan_Clipper_odaiba_1.jpg
3代目クリッパーはキャブオールとバイソンの兄弟車になったため、デザインが少々大人しいのが残念です。クリッパーの意地なのか、かろうじて十字グリルは残っています。

この車両運搬車、もともとリアタイヤは小径ダブルタイヤ仕様だったと思うのですが、何故かシングルタイヤになっています。

| Nissan | 01:35 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

【日産ファイヤーパトロール】消防団の車といえばコレ!

馴染み深い消防車といえば、生まれた年代や育った場所によって人それぞれではないでしょうか。私が生まれ育った所は、野菜や果物などをイメージする典型的な田舎町だったので、普段から消防車を目にする機会はあまりありませんでした。

そのせいか、印象深い消防車といえば”日産ファイヤーパトロール”しか思い浮かびません。
当時(1980年代前半)地元では、町内運動会や小学校運動会にはファイヤーパトロールが現れ、昼食後あたりに地元消防団による消防操法を披露するのが恒例となっており、子供ながらにファイヤーパトロールは小さい車体ながら磨きこまれた真っ赤な車体が眩しく感じていました。

あれから30年弱余り、今やファイヤーパトロールの現役車どころか廃車体ですら見かけなくなってしまいましたが、近年では趣味として個人保有している話もチラホラ聞こえます。

Fire_Patrol_1.jpg
こちらのファイヤーパトロールは2013年5月に長野県で撮影したもので、自動車整備工場の駐車場に停められていました。整備工場の人に車両について尋ねると、「売りものじゃなくて、所有者が山間を乗り回すのに使うらしく、整備を依頼されている」と教えて頂きました。

3連ワイパー、フェンダー先端のウインカーとポジションランプが別体式、ヘッドライトが出目金になっていることから、1970年代後半頃のモデル末期の車体と推測されます。

昭和20年代の朝鮮戦争を契機に軍用を主な目的として初代パトロールは開発され、昭和30年代以降は民需用としても、連絡・輸送等の農林業や土木建設業などの多目的な用途も視野に入れて、2代目となるニッサン・パトロール60型の開発されました。

ファイヤーパトロールのベースになった日産パトロール60型は、昭和35年10月に発売。
トヨタを始め内外の競争車を意識しつつ「ユーザーの要望する60」 コンセプトとし、軍用車的な四輪駆動車から民間用の四輪駆動車へと大きく変貌。その車体は多用途・多目的車両への作りやすい構造になっており、四輪駆動車の消防車としてファイヤーパトロールは日本全国に配置されたのでした。また、パトロール60型は輸出の比率が高く、インドでも1962年から左ハンドル車のLG型が現地生産されたそうです。

Fire_Patrol_2.jpg
タイヤは1991年より発売禁止となっているスパイクタイヤを装着。また、フロントバンパー中央部のステーとロアグリルには、クランク棒を差し込んでエンジンを始動させる穴が開いていました。

車両全幅に対してヘッドライトの幅が消防車両法か何かで引っかかったため、マイナーチェンジでヘッドライトが出目金になったそうです。フロントバルクヘッドに台座をビス止めし、ヘッドライトを前寄りにしつつ外側に位置変更されているのが分かると思います。

Fire_Patrol_3.jpg
搭載されたガソリンエンジンはPF型 水冷 直列6気筒 OHV 3,960cc 130psだと思われ、フロアにはシフトレバーの他、副変速器、2WDと4WDを切替用らしきレバー類がいくつもあってビックリです。

昔の車はインパネの上部からフロントガラスとの境界を”スカットル”と呼んでいましたが、そこにはベンチレーターがあり、チュッパチャプスのようなレバーを下に下ろすと開くようになっています。

Fire_Patrol_4.jpg
こちらは2011年1月に栃木県で目撃したファイヤーパトロール。フェンダーに4×4のエンブレムが無い事と、フロント側にデフを持っていないことから2WD仕様のようです。 山間地や雪国では4WDが必要不可欠だったと思われるけど、一般地区用として2WDを出していたのかもしれませんね。

Fire_Patrol_5.jpg
トリを飾るのは、富山市の日本海食堂に置かれているファイヤーパトロールで、グリルの横バーのメッキ化、2連ワイパー、ボンネット先端のNISSANのロゴが古いようなので、1970年代中盤頃のモデルと推測します。

ファイヤーパトロールは塗装が老化ると朱色っぽくなるイメージですが、この車両は黒ずんだ赤に退色していました。現役時代の眩しい輝きからは程遠く、ちょっと疲れた感が見受けられました・・・

| Nissan | 08:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

【日産 C80型 3.5t】 ニッチ市場を狙った意欲モデル

当ブログの開設から1年3ヶ月が経過し、昨日5万回アクセスを達成しました。
振り返ると開設後はしばらくは月に20人以下のアクセス数でしたが、ここ数ヶ月は200人を超えることも珍しくなくなりました。 

商用車は乗り物系の趣味の中では王道とは言えず誰が見てもニッチな分野ではありますが、今後も商用車の価値を向上させるように微力ながら紹介していきます。

5万回アクセス達成記念車両は 「日産 C80型 3.5トン トラック」

Nissan_C80_1.jpg
トミカリミテッドビンテージでモデル化された事もあって、近年ではC80型の知名度は上がっていると思うのですが、いかんせん現役車両は皆無であり、廃車体ですらほとんど報告がないほどの希少価値の高い車両です。

若い世代から見ると「3.5トン積みとは、中途半端なトラックだな」と思うかもしれませんが、C80型の生まれた背景として「車両に関する法規」と「道路運送法」に影響されていました。

昭和30年代の後半に入って「車両制限令」という次第に都市内の大型車交通規制が厳しくなる条例が発令され、続く昭和42年には道路運送法改正により、小型貨物自動車運送業者の使用車両制限が2トンから3.5トン車まで引き上げられた。

こうした影響によって、5~6トンクラスから3トンクラスへの移行が増加していき、昭和40年頃の3トン、3.5トン市場は”三菱ジュピター”の独占状態が続いていたので、三菱ジュピターに対抗すべく、日産は本格的3トン・3.5トンクラスに新シリーズを開発する事を決めたのです。

昭和40年10月21日、こうしてニッサン3.5トン車”C80型”と3トン車”SC80N型”は発売されたのでした。
 
Nissan_C80_2.jpg
積載効率の優れたセミキャブオーバー型トラックで、パワートレインは初代プレジデントの初期にも搭載された新設計H30型3ℓガソリンエンジンと、サファリやシビリアンにも搭載されたSD33型3.3ℓディーゼルエンジンを搭載。

キャビン、シャシー、足回りはもとより、パワートレインを新設計とした新鋭トラックとして、新市場の開拓と拡販が期待されたのですが、耐熱性不足などの続発したクレームに悩まされ、販売の面も予想に反して低調な売れ行きという状態。

また当初より危惧されていた新規開発に伴う採算性にも、その後苦しむことになったのでした。

デザインの方は個人的にまとまりがあって好きです。この頃のニッサンはブルーバードなどが人気で、顔回りは乗用車的なデザイン処理がなされているように感じます。(ワイパーは小ぶりでカワイイです)

Nissan_C80_4.jpg
標準ボディとしては長尺/短尺2種類の平荷台とダンプがあり、特殊車両としてボトルカーやレッカー車などもあったようです。 近郊エリアで小回りが効き、かつ重量のある商品を配送するトラックとして使われていたようですね。

60年代の車両だけあって、リアコンビランプやバックランプは小型のものが取り付けられており、サイドバンパーは取り付けてありませんでした。

Nissan_C80_3.jpg
アオリの波板など、光と影のコントラストが印象的だったので、意識しながら撮影してみました・・・

一連の画像は静岡県の業者が所有されている1973年式のC80型3.5t積みトラック。
左側のミラー以外はオリジナル状態を保っており、約40年前の車両という事を考えると非常に状態が良いですね。

【1973 Nissan Type C80 3.5t】
推定製造期間 1965-1973年
絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★★
満足度 ★★★★★
状態  現役車
撮影地 静岡県
撮影日 2012年5月


Nissan_C80_TLV.jpg
トミカリミテッドヴィンテージより、高床荷台、ボトルカー、レッカー車がモデル化されています。

| Nissan | 03:43 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

【ニッサン 80型】 日本初のキャブオーバー型

国産トラックの歴史において「軍事用トラックの納入」が普及・拡大の大きなキッカケになったと言えます。

時は昭和6年、満州事変が勃発。

これを契機に日本は次第に戦時色を増していき、政治・経済のあらゆる分野で軍部の発言力が高まって、国防上の観点からも国産自動車工業確立の声が高まりました。軍部は大陸進行作戦のためにも自動車の自給自足体制の確立を強く希望し、積極的に国産車の保護育成を推進しようとしたのです。

そうした状況下、商工省は新しくトラック・バスについて標準型式を制定し、使用者には自動車税の引き下げを行い、外国車の輸入税を引き上げて国産車の開きを調整することが決定。昭和8年3月に鉄道省、石川島自動車製作所、東京瓦瓦斯電気工業、ダット自動車製造の4社の共同設計による試作車が標準型式自動車として制定され、
のちの「いすゞTX35型/40型」になります。

いっぽうダットサンを製造していた日産は、大型車を量産することで自動車製造事業法の許可会社に加わろうとしたものの、軍部の反対によりGMとの提携は失敗。ちょうどその頃アメリカのグラハム・ページ社が経営に行きずまっており、日産は同社の設備や治工具と図面を買い付けて製造を開始し「日産80型トラック」が誕生しました。

Nissan_80_1.jpg
日産80型トラックは昭和12年(1937年)に完成。
当時としては珍しいセミキャブオーバー型で、生産された80型トラックの多くは軍が買い上げ満州に送られたものの、キャブオーバー型特有の整備性の悪さや、フロントヘビーからくる悪路走破性の悪さが問題になり、運転席の高さから狙撃されやすい問題や、地雷を踏んだ時に運転席まで吹っ飛ぶといった兵士の不満もあったようです。

画像は昭和12年(1937年)の自動車雑誌の広告で、勝利を祝すタイトルとともに80型トラック等を紹介しており、戦時色が強くなっていますね。

Nissan_80_2.jpg
こちらの広告も昭和12年(1937年)のもので、2種類あったホイールベースのショート型タイプです。
同時に80型トラックシャシーを使ったバスも誕生しています。

Nissan_80_3.jpg
昭和13年(1938年)の広告になると、キャブオーバー型の特徴を明記するようになっていますね。

Nissan_80_4.jpg
同じく昭和13年(1938年)の広告。
日中戦争が勃発した後は戦線の拡大につれて、大量のトラックが必要となってきたので、乗用車生産よりトラックやバスの生産が優先されたのでした。

Nissan_80_5.jpg
80型トラックの情報が少ないので、日本の自動車技術240選から画像引用。

製造期間  1937年3月~1940年12月頃
エンジン  水冷直列6気筒 サイドバルブ 3.670cc 85馬力
最大積載量 2トン積み
乗車定員  2人

現在において、この80型トラックを運転した経験のある人は居るのだろうか・・・

| Nissan | 23:48 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT >>

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。