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【トヨタ SKB型 トヨエース】 トラックの国民車

誰かに「愛知県でSKBを見た!」と言えば、一般人の99%は「SKE48の事かな?」と思うでしょうが、トヨタ博物館やトヨタ産業技術記念館で「SKB」を見たんです。

そう、トヨタが1954年に発売した小型トラックのSKB型。

物心が付く頃の1970年代後半にはすでに街中から姿を消しており、走っている姿も止まっている姿も見た記憶がなかったので、名古屋に訪れた際にトヨタ博物館まで足を運びSKB型を見て来ました。

Toyota-SKB-2.jpg
ネット画像が沢山ある車体ですが、生で見るといろいろ見えてくるもんですね。
気になったのはフェンダーから生えたアポロ式のウインカー。来場者が触って壊したのでしょうか、拘束バンド(タイラップ)でウインカーを弄れないように縛ってありました・・・
ワイパーの待機位置も面白くて”万歳”しています・・・ワイパーの回転角は90度くらいかな?
ドアは後ろヒンジ方式の前開きで、(このドア形式は半ドア状態で走行するとドアが開く危険がある)ドアノブの前方には空気採りいれ口が備わていました。

ブリキのおもちゃのようなトラックですね。

1954 トヨエースSKB型トラック
全長/全幅/全高 4.237m/1.675m/1.850m
ホイールベース 2.500m
車両重量 1.130kg
最大積載量 1.000kg
乗車定員 2名
エンジン形式 S型 水冷直列4気筒SV(サイドバルブ) 995cc
最大出力 30ps
最高速度 70km/h

Toyota-SKB-1.jpg

【Toyota Toyoace (SKB)】
推定製造期間 1954-1959年


1954年9月に”トヨペット・ライトトラックSKB型”として登場。
当時の日本は三輪トラックの全盛期で、バイクに荷台を付けた程度の簡易的な車体や、フロントスクリーンとキャンバスの屋根が付いた車体など、沢山の3輪トラックが存在したいました。

いっぽう欧州自動車市場というと、大戦後に三輪車が急速に伸びやがてキャブオーバー型の小型トラックに置き換わりつつあったので、トヨタ開発者の読みとして「いずれ日本も3輪トラックから小型トラックに置き換わる」と推測してSKB型を登場させたのでした。

発売当初の価格設定は62.5万円。
同クラスの3輪トラック価格に比べると10万円程高く、当時の大卒銀行員初任給が5600円であったのでその価格差は大きな弱点であり、売れ行きはよくありませんでした。
1956年に販売増加のテコ入れ策を実施し、戦略的な価格設定として三輪トラックとほぼ同じ49.5万円に設定。
そのほか親しみやすい”車名”を一般公募し”トヨエース”と名づけた。

テコ入れ策は見事的中!
1957年度には年間2万台を販売するまでになり(全トヨタ車の1/3を占める割合)、四輪小型トラックで成功を収めることとなりました。

1954年以降の高度経済成長期において、SKB型トヨエースは経済発展に大いに貢献し”トラックの国民車”として親しまれるようになりました。

1959年に2代目SK20型トヨエースにバトンタッチ。
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| Toyota | 12:49 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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【いすゞTXD50E改】 団員に愛された水槽付ポンプ車

2011年も残すところあと僅かになってしまいました。

この一年間で多くの新車が発売されて環境に優しい車が増えていきましたが、同時に多くの古い車両が第一線から退き、使えそうな車は海外に渡り、そうでない車はスクラップになりました。時代の流れと経済の循環を考えると仕方ないことですが、惜しまれつつ引退をした車両が各地で沢山あったと思われます。

中でも全国的に有名で、消防団員に愛された”いすゞTXD50E改”は2011年3月に現役引退し、現在はどこかでひっそりと余暇を過ごしていると思います。

TXD50E-1.jpg
2011年1月9日の静岡市消防出初式にTXD50E改が参加すると聞き、生まれて初めて消防出初式というイベントに行ってきたのですが、目的の消防団が駐車している場所が分からず、関係者に聞きまくって対面する事ができました。

静岡市消防団清水第14分団袖師町所属 Isuzu TXD50E改
1970年式で現役最古の水槽付きポンプ車、約40年間という長期間にわたって活躍できたのも車体の耐久性の高さはもちろん、日頃の点検や整備によって成せるものです。もちろん団員さんの大切にする気持ちもあったでしょう。

エンジンは非常時の始動性の高さから直6 6.2Lガソリンエンジンを搭載(GD150F)
後部には3tの水を貯める水槽があり、タンク上部には放水銃を備えています。
乗車定員は8名、パワステやエアコンなどの快適装備も無く、軟弱な人には気軽に扱えそうな代物ではありません。

代替えの大きな理由は、消防団員の中で運転できる資格を持つ人が少なくなっているためであり、緊急の事態を考えた時に誰でも運転できるようにとIsuzu ELFのポンプ車に更新されてしまいました。

TXD50E-2.jpg
話を消防出初式に戻すと、当日は団員の家族やその他の家族連れ、消防車ファンなど多くの人たちが記念写真を撮っていました。運転席への乗り込みは自由で、子供が運転席に座った姿を携帯のカメラで撮影している人が多くてビックリです。(特に女性)

最後部の対面シートには4人が座ることが可能。

TXD50E-3.jpg
TXD50E改の放水場所には地元TV局等の取材やカメラマンたちが多く集結。
ベストポジションで放水のシーンを収めようとカメラを構えていたのですが、風向きが悪くて”返り血”というか放水した霧が風に流されて降りかかってきました。

隣の人は「TXDの放水を浴びたから縁起がいいかも」って言ってたっけ。

TXD50E-4.jpg
ボンネットトラックで有名な6~6.5tのTXDシャシにニューパワーZのキャブを搭載。
増トン車仕様ということもあって、トレッドは若干内側にオフセットされています。


【1970 Isuzu TXD50E改】

メンテ中

絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★☆
満足度 ★★★★★
状態  現役車(2011年3月に引退)
撮影地 静岡県
撮影日 2011年1月

| Isuzu | 22:47 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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【フォード Fシリーズ】 パンプキン・ピックアップ

古ネタですが、お台場で行われたイベントで思いがけないピックアップを見かけました。

世界的にもファンが多い「Ford F-100」で、そのスタイルから「Pumpkin」などと呼ばれたピックアップです。

一見すると綺麗にカスタムされた車両に思えますが、ボディやベッドに描かれているのは”フレア”や”ピンストライプ”などではなく、”Lily” という音声合成ソフトウェアのキャラクターを貼り付けています。ジャンル的には「痛車」に分類されるけれど、クールに決まっておりセンスの良さを感じますね。

1954 Ford F-1.jpg
グリル形状からベース車両は1954年式のFord F-100のV8(130ps)仕様のようですね。
新車以上の輝きを持つほどクルマの状態は良く、相当お金が掛かっていると思います。

1980年代中盤頃には鈴木英人さん(イラストレーター)が描く西海岸の風景にもこの時代の車が描かれることが多く、雑誌等にも多く登場して記憶があります。私がこの車を覚えたのが1987年に発売されたタミヤRCカー「ミッドナイトパンプキン」によるものでした。

1954 Ford F-2.jpg
特徴的なベッド形状はステップサイド(フォードはフレアサイドと呼ぶ)と呼ばれ、ドアパネルと同一形状のままベッドサイドを形成する”スタイルサイド”はこの後に登場するから、パンプキンと言えばステップサイド以外のベッドを見た事がありません。

後部には牽引用のヒッチボールが付いているけど、老体にムチを打ちながら使っているのでしょうか・・・

1954 Ford F-1.jpg
こちらは比較用の1956年式 Ford F-100。
1956年式の特徴はキャビン周りで、フロントピラーが直立し、フロントスクリーンがサイドまで回り込むようになっています。この結果頭上空間にもゆとりが生まれ、ルーフのヒサシ形状と相まって強い日差し防止の効果も高いようです。

まだボディに樹脂パーツを使う事は無かったので、金属が持つ素材感がいい感じです。
ちなみに私の上の世代の人はこのV8エンブレムを見て「エイトマンを思い出す」って言ってたっけ。


【Ford F-Series (1953–1956)】
推定年式 1954年

フォードF型ピックアップの第2世代は1953年に登場。
フォードはFシリーズ、姉妹車のマーキュリーはMシリーズで車種展開。
エンジンはL6とV8を採用し、F-100(500kg)からF-360(1t)までラインアップ。
オプションとしてオートマチック車やパワーステアリング車も選べた。

1956年、フロントピラー周辺が大幅に変更され、キャビンが大きく改善された。

絶滅度 ★★★★☆
レア度 ★★☆☆☆
満足度 ★★☆☆☆
状態  現役車
撮影地 東京
撮影日 2011年10月

| Ford | 11:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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【スズキ マイティボーイ】 スズキのマー坊とでも呼んでくれ!

車のCMで印象に残っている「スズキのマー坊とでも呼んでくれ!」とはスズキ マイティボーイの有名なフレーズ。
最近の軽自動車でも「TNP」だとか「ブルース」など印象に残るCMはあるのですが、「マー坊」のインパクトには劣ると思います。

「金は無いけどマイティボーイ」と歌い、所得の低い若者向けに最廉価モデルの価格は当時のアルト47万円よりも安い45万円から設定されていたものの、実用性に欠ける2シーターピックアップだったために販売台数は少なかったと言われています。
(普通に考えるとお金が無かったら中古車を選ぶと思うのですが・・・)

レジャー用品を運ぶのがやっとな程の小さな荷台を持っており、80年頃のサーフィンブームの影響なのか、「荷台にサーフボードを乗せて海に行く」というコンセプトで企画されたのかもしれませんね。

Mightyboy-1.jpg
これが栃木県の山間部で見つけた初期型のマイティボーイPS-L(49.8万円)
今でも少数ながら熱狂的なファンが存在し、カスタムされたマイティボーイをたまに見かけることがあります。
初代アルトのプラットフォームを流用しているので互換性のある車両が多く、前後ドラムブレーキを前輪ディスクブレーキ化したり、エンジンを交換するのが定番で、画像のようなフルノーマル車は貴重かもしれません。

Mightyboy-2.jpg
ややこしいですが、初代アルトベースの2代目セルボを上手く活用しピックアップ化しているのですが、全長制限のある軽自動車枠なので奇妙なルックスになっています。

CMもインパクトあったのですが、見た目も負けていませんね。

Mightyboy-3.jpg
福岡県にはマイティボーイコレクターが居て、敷地内で撮影させて頂きました。
初期型のPS-Lにはキャブバックからゲートにかけて黒いガーニッシュがあり、幌で覆えるようになっていましたが、後期モデルになるとルーフキャリアのようなものが取り付けられるようになりました。(奥に見えるペパーミントの車は後期型のマイティーボーイ)

ちなみに最大積載量は200kg。

Celvo-1.jpg
これがベースになった2代目セルボ。
軽では初めてドアミラーを採用し、1984年からターボモデルが追加されています。

| Suzuki | 22:23 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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【日野 eZ CARGO】 未来のコンマースか!?

今回も2011 東京モーターショーネタを届けます。

ショー全体の内容は、スマホなどを使って”人と車と社会を繋げる”とか、聞き飽きた感のある”Co2削減”などが全面的に出されていて、ITを使った通信技術やプラグインハイブリッド、EVの展示が中心でした。

国内トラックメーカーからは、エルフやデュトロの2tクラスのプラグインハイブリッド車、大型車ではスーパーグレートのエコ ハイブリッド、キャンターのEV、UDトラックスからは低公害エンジン/低燃費エンジンが出展されていました。見た目は一般車と同じデザインにカラーのみの変更だったので、新鮮さやワクワク感を感じられませんでした。

参考出品車として日野からは “eZ CARGO“ というコンセプトカーを展示。

eZ cargo-1.jpg
“eZ CARGO“ とは電気で走る商用バンで、CO2を全く排出せず、静かで排気ガス出さないクリーンな商用車。
EVならではの軽量・コンパクトなボディに、低床フルフラットの大きな荷室を備えているのが特徴です。

具体的な技術の紹介は全くなかったので、私が勝手に想像すると床下にリチウムイオンバッテリーを搭載し(安全性と重量バランスで)、前輪をモーターで駆動するような感じです。エクステリアは透過性のあるガラスか樹脂で視界を良くしたデザインですが、やっぱりというか室内が丸見えですね・・・

最近の乗用車には、安価になったカメラ/モニター技術やレーダーを装備し、運転技術支援や予防安全を高めていますが、次世代の技術提案もありませんでした。

eZ cargo-2.jpg
日野の小型商用バンといえば、あれを思い出しませんか?

約半世紀前に登場した「日野コンマース」
            

Commerce.jpg
【Hino Commerce 1960-1962】
※日野オートプラザで展示してある車両で、東京モーターショーには展示していません。

1960年に発売したコンマース(PB10型)は、フロントエンジン前輪駆動(FF)方式による商用車で、ミニバスや病院車(患者輸送用)という派生車もありました。
当時から「ニー・ハイト・フロア」と呼ばれる低床フロアが売りだったようで、地面からフロアまでの高さは485mm、最大積載量は600kg。
初期のエンジンはGP10A型ガソリンエンジン、水冷4スト4気筒836ccで馬力はわずか28ps。(最高速度は82㎞/h)

1962年にPB11型に変更。アンダーパワーだったエンジンはGP20型になり、排気量が893cc(35ps)になる。

動力性能や耐久性の弱さなどから販売は苦戦し、1962年に生産を終了。

私の知る限り現存車は”日野オートプラザ”と”福山自動車時計博物館”に展示された2台と、山梨県にある廃車体の1台くらいです。

| Hino | 11:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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