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【日産 C80型 3.5t】 ニッチ市場を狙った意欲モデル

当ブログの開設から1年3ヶ月が経過し、昨日5万回アクセスを達成しました。
振り返ると開設後はしばらくは月に20人以下のアクセス数でしたが、ここ数ヶ月は200人を超えることも珍しくなくなりました。 

商用車は乗り物系の趣味の中では王道とは言えず誰が見てもニッチな分野ではありますが、今後も商用車の価値を向上させるように微力ながら紹介していきます。

5万回アクセス達成記念車両は 「日産 C80型 3.5トン トラック」

Nissan_C80_1.jpg
トミカリミテッドビンテージでモデル化された事もあって、近年ではC80型の知名度は上がっていると思うのですが、いかんせん現役車両は皆無であり、廃車体ですらほとんど報告がないほどの希少価値の高い車両です。

若い世代から見ると「3.5トン積みとは、中途半端なトラックだな」と思うかもしれませんが、C80型の生まれた背景として「車両に関する法規」と「道路運送法」に影響されていました。

昭和30年代の後半に入って「車両制限令」という次第に都市内の大型車交通規制が厳しくなる条例が発令され、続く昭和42年には道路運送法改正により、小型貨物自動車運送業者の使用車両制限が2トンから3.5トン車まで引き上げられた。

こうした影響によって、5~6トンクラスから3トンクラスへの移行が増加していき、昭和40年頃の3トン、3.5トン市場は”三菱ジュピター”の独占状態が続いていたので、三菱ジュピターに対抗すべく、日産は本格的3トン・3.5トンクラスに新シリーズを開発する事を決めたのです。

昭和40年10月21日、こうしてニッサン3.5トン車”C80型”と3トン車”SC80N型”は発売されたのでした。
 
Nissan_C80_2.jpg
積載効率の優れたセミキャブオーバー型トラックで、パワートレインは初代プレジデントの初期にも搭載された新設計H30型3ℓガソリンエンジンと、サファリやシビリアンにも搭載されたSD33型3.3ℓディーゼルエンジンを搭載。

キャビン、シャシー、足回りはもとより、パワートレインを新設計とした新鋭トラックとして、新市場の開拓と拡販が期待されたのですが、耐熱性不足などの続発したクレームに悩まされ、販売の面も予想に反して低調な売れ行きという状態。

また当初より危惧されていた新規開発に伴う採算性にも、その後苦しむことになったのでした。

デザインの方は個人的にまとまりがあって好きです。この頃のニッサンはブルーバードなどが人気で、顔回りは乗用車的なデザイン処理がなされているように感じます。(ワイパーは小ぶりでカワイイです)

Nissan_C80_4.jpg
標準ボディとしては長尺/短尺2種類の平荷台とダンプがあり、特殊車両としてボトルカーやレッカー車などもあったようです。 近郊エリアで小回りが効き、かつ重量のある商品を配送するトラックとして使われていたようですね。

60年代の車両だけあって、リアコンビランプやバックランプは小型のものが取り付けられており、サイドバンパーは取り付けてありませんでした。

Nissan_C80_3.jpg
アオリの波板など、光と影のコントラストが印象的だったので、意識しながら撮影してみました・・・

一連の画像は静岡県の業者が所有されている1973年式のC80型3.5t積みトラック。
左側のミラー以外はオリジナル状態を保っており、約40年前の車両という事を考えると非常に状態が良いですね。

【1973 Nissan Type C80 3.5t】
推定製造期間 1965-1973年
絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★★
満足度 ★★★★★
状態  現役車
撮影地 静岡県
撮影日 2012年5月


Nissan_C80_TLV.jpg
トミカリミテッドヴィンテージより、高床荷台、ボトルカー、レッカー車がモデル化されています。
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| Nissan | 03:43 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Isuzu Forward】’80年代風のデコトラ 

1970年代から1980年代にかけて、映画では「トラック野郎」や「コンボイ」が上映され、玩具ではダイキャストミニカーとしてトラックや建機が発売され、子供向け図鑑等には働く自動車があったりと、現在のトラックファンを形成する地盤が出来上がりつつありました。

1980年に映画「トラック野郎」が打ち切りになった第一次デコトラブームの後、アートトラック雑誌の「カミオン」が1984年に創刊され第2次デコトラブームが起きたわけですが、この時期は雑誌を購入していた程、夢中になって読んでいました。(乗用車やレーシングカーなど乗り物系全般が好きだった)

80年代のトラックの飾りといえば、70年代の手造り的な飾り方から、角形バイザー、大型のシートキャリア、キャデラックバンパーの大型パーツをショップで取り付け、角形マーカーやウロコステンで装飾を施したものでした。
70年代の荒削りでゴテゴテした飾りから、スマートでエッジ感のあるクールな雰囲気に変化した飾りだったのです。

しかし1990年以降は飾りのトレンドについて行けず、逆に素の状態の働くトラックの方に興味が行くようになり、現在に至っております。

Isuzu_Forward_Arttruck.jpg
こちらの”いすゞフォワード”は関西方面で見かけた車両。
'80年代の定番パーツをバランス良く取り付けてあり、久々に見るカッコいいトラックでした。
各パーツはあまり主張しない程度でまとめており、オリジナルのフォワードデザインも崩すことなくセンス良くまとめられています。

飾りにお金を沢山かけただけではダメで、センスの良さが大事だと思わせる一台でした。

| 未分類 | 20:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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【Volvo B10M-富士重工】 ’85つくば万博の特注バス

韓国の麗水市では、海洋をテーマにした万博が開催されていますが、入場者数が予想の10%程という少なさだという。
F1韓国GPの開催も観客が集まらないので大赤字だというし、2018年の冬季オリンピックを韓国で開催するのはロケーションの面からも、集客の面からも前途多難の様相を呈しています。

これには中国が相次いでオリンピックや万博やF1を相次いで開催したことにより、韓国も負けじと経済規模に合わないイベントを無理やり開催した結果であり、ホテルや交通のインフラを整備する資金も無く、強行開催したのも理由の一つではないでしょうか。

万博の交通インフラといえば、私の知る限り1985年つくば万博での”連節バス”や1989年のアジア太平洋博覧会(よかトピア)での”ガイドウェイバス”、2005年の愛・地球博ではIMTS(インテリジェント・マルチモード・トランジット・システム)が運行され話題になりました。

VOLVO_B10M_FUJI_1.jpg
1985年つくば万博の”連節バス”は、入場者の大量輸送を目的に、スウェーデン・ボルボ製B10Mに富士重工業のボディを架装し、100台が導入されたそうです。

全長18m程の車体の同車は、日本で活躍できる路線が限られていたので、閉幕後には80台が海外に輸出され、残りの20台のうち19台が東京空港交通が都心と成田空港を結ぶ連絡路線バスとして第2の人生を歩むことになりました。

画像は子供向けの自動車図鑑に”れんせつバス”として掲載されていたもの。

VOLVO_B10M_FUJI_2.jpg
2012年現在、連接バスの現存車を3台程見かけております。

まず1台目はエアポートリムジンカラーのまま動態保存されている車両です。
バス愛好家の団体が所有されているそうで、不動車を引き取って整備されたと聞きます。
経年変化により若干お疲れの雰囲気ですが、輸送機器遺産というものがあればノミネートされてもよさそうですね。

VOLVO_B10M_FUJI_3.jpg
2台目も同じバス愛好家団体が所有する車両。
外側を見る限り、上の車両よりも保存状態は良さそうで、すぐにでも動き出しそうです。
右側は80年代のネオプラン社製の2階建てバスかな、こちらも希少なバスですね。

VOLVO_B10M_FUJI_4.jpg
3台目は上記愛好家団体の近くにある施設の事務所/物置として使われている車両です。
電線を引いており、TVアンテナやエアコンの室外機まで取り付けられているので、室内は快適に過ごせるようになっていますね。
上記2台に何かあった際には、ドナー車としての部品供給とかあると(勝手ながら)心温まる気持ちになります。

VOLVO_B10M_FUJI_5.jpg
前からこの車両の存在は知っていたものの、80年代車両ということで撮影はしておらず、ネットで連節バスの歴史を知り、貴重な存在と気付いたのはつい最近のことでした・・・


そういえば、つくば万博では”ポスト・カプセル”という来場者が21世紀の自分に宛てて手紙を書くというものがあり、妻は当時来場した際に手紙を書いた事を忘れていたそうです。 21世紀に入って20世紀の自分から届いた手紙が届いてビックリしたのは言うまでもありません。

| Large-size Buses | 20:26 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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レーシング・トランスポーターの世界

先日の週末に”ツインリンクもてぎ”でフォーミュラニッポンの決勝レースを見てみました。

このフォーミュラニッポンという名称ですが、1995年までは全日本F3000選手権という名称でレースが開催されており、星野一義さん、片山右京さん、HHフレンツェン、Eアーバインなどの有名なレーサーが参戦していました。

最後に見たレースは1992年に鈴鹿で開催されたF3000が最後で、実に20年ぶりの国内最高峰のフォーミュラカーレース観戦になります。その間に出走するレーサーは大きく様変わりしているし、スタンド裏のスポンサーブースも20年前と違って寂しい印象になってしまいました。

FN_MUGEN.jpg
今回の決勝レースは大きな順位変動もなく淡々と進行。タイヤ交換や燃料補給でも大きな順位変更も無く勝つべき人が優勝したようなレースでした。

画像は#16 Team 無限の山本尚貴選手。
栃木県出身ということで地元の声援を受けていましたが、表彰台には届かず。
アウト側はTeam IMPULの松田次生選手。

ADVAN_FUSO_2.jpg
ピット裏には大型のトランスポーターが集まっており、レースカーを運ぶ車両もあればホスピタリティブース(レースチームがスポンサー等をもてなす場所)になるトレーラーまで様々。

一番のお気に入りはADVANカラーの三菱ふそう スーパーグレート。
定番の赤黒のボディカラーはシンプルながら渋く決まっていて、今でも高橋国光選手のイメージを連想します。


ADVAN_FUSO_3.jpg
トレーラー部はシングルタイヤの2軸仕様で、ISO方式10スタッドホイールになっていました。
トレーラー内部は、スパイ映画のような秘密基地になっているのだろうか?

ADVAN_FUSO_1.jpg
こちらはADVANのタイヤ運搬用トラックだと思います。

FN_Scania.jpg
こちらはスエーデン製のスカニアR470。
エアサスペンション仕様でエンジンはL6ターボインタークーラーの470馬力。
Trans Webというレーシングカー等の車両を運搬する専門会社が所有している車両で、車両運搬以外にコンサートの機材等の精密機械等の運搬もやってるとか。

トレーラーの屋根は上方向にスライドする構造で、サイドスカート内には発電機等を積載しています。

FN_Actros.jpg
このMercedes-Benz Actrosも輸送専門業者が所有しているもの。
トップチーム以外はチーム専用のトランスポーターを所有する事が難しいので、画像のような真っ白のトランスポーターばかりが駐車場に停まっています。

FN_TOMS.jpg
トヨタ系のPETRONAS TEAM TOM'Sは当然ですが日野 プロフィアを使用。

ホンダ系であれば、いすゞギガを使用するケースが多いですね。

IMG_0176.jpg
20年選手のいすゞフォワードも外国勢に負けじと頑張っていました。

FN_Miu_Yamaguchi.jpg
キャンペーンガールの世界では、今年より2次元のキャラが登場。
この娘はProjectμ/cerumo-INGINGの山口美羽ちゃん。

| Event report | 03:18 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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【いすゞ ロデオ】 希少な4WDピックアップ

日本において1980年代後半から1991年頃にかけて起きた「バブル経済」。
その後、バブルが崩壊し平成不況が20年以上続いてますが、バブルの頃は自動車会社も”イケイケ”で、いろんなな特徴を持った車が発売されました。

例えばトヨタであればセラ、セルシオ。
ニッサンならばGTR、パオ、シーマ。
ホンダはNSXや楕円ピストンを持つバイクのNR750
マツダはロードスター、コスモの復活
スバルはアルシオーネSVX
三菱はGTO
・・・

各社から高級セダンや高級スポーツなど多くが生まれた一方で、商用車においても4WDピックアップを使ったクロカンなども生まれ、90年代前半のクロカンブームに向けて勢いをつけていきました。

そうした華やかな新車フィーバーの中、あまり注目されることが無く発売されたのち、数年後に消滅た車もあります。

その一台が ”いすゞ ロデオ”

Isuzu_Rodeo.jpg
このロデオは栃木県のガソリンスタンドで現在も使われている車両になります。
場所的に農道が多い地区ではあるものの、山間部でないし雪もあまり積もることのない地域なので、サニートラックでも十分実用に耐えると思うのですが、このロデオはハイリフト化された4WDで、悪路に対しての高い戦闘力がある簡易型タンクローリー仕様になっています。

最低でも20年程が経過している車両ですが、目立ったダメージも無く、塗装の弱いと言われる赤いボディーカラーも十分な輝きを放っていました。

1998年から1994年の6年間という製造期間の短さの中、製造台数合計は約1.000台(ファスターとして計上された数値)という少なさなので、かなり希少な車ではないでしょうか。

【Isuzu Rodeo 4WD Super(前期型)】
推定製造期間 1988-1992年頃

1980年にモデルチェンジしたファスターの4WD仕様がそのまま独立し、
1988年に「ロデオ」という単独車種としてデビューした。
エンジンはC223型 2.238ℓ ディーゼルエンジン(70ps)を搭載し、トランスミッションは5MTのみ。
乗車定員は2名で最大積載量は1トン(標準ボディ)
シングルキャブには、標準ボディとロングボディフラットデッキ三方開きがあり、
その他、スーパーシングルキャブとスーパーダブルキャブが存在した。

1992年、マイナーモデルチェンジ
1994年、国内販売終了

ちなみに1989年に登場した「いすゞミュー」は、ロデオの前半分を流用した2シータークロカンである。

絶滅度 ★★★★☆
レア度 ★★★★★
満足度 ★★☆☆☆
状態  現役車
撮影地 栃木県
撮影日 2012年5月

| Isuzu | 20:49 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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