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【トヨタ コースター】 旧式のバス型キャンピングカー発見!

5、6年前より軽自動車を改造してキャンピングカーに仕立てた「軽キャンカー」がTV等のメディアで紹介され、維持費の安さから安定した販売が続いています。 また昨年はホンダからN BOX+という気軽に車中泊ができる軽自動車も発売され、市場の反応もまずまずの様子です。

こうした背景には、定年退職後のリタイヤ世代が夫婦二人で”時間に束縛されない気軽な旅をしたい”という気持ちによるもので、好きな温泉に入って、好きな地元メシを食べて、観光地には人が混む前に到着したりと、その日その時の気分で自由に旅を修正出来る事が最大の理由です。(もちろん宿泊費の節約もありますが・・・)

我が家でも妻や子供たちが「キャンピングカーっていいよね!」という話題になるのですが、私の理想では2代目エルフやVキャンなどのトラックのキャブ(運転席部分)を使用し、後部に居住部分を架装したキャンピングカーで旅をしてみたいです。

COASTER_Camper.jpg
前置きが長くなりましたが、北陸方面の温泉に向かう途中、コインランドリーや弁当屋、スーパーが立ち並ぶ駐車場の端に停められた初代コースターを発見!

初代コースターといえば、旅館、料亭、レンタカーで良く見かけたものですが、最近は綺麗な現役車の姿はほとんど見かけなくなってしまいました。 最終モデルでも30年以上が経過しており(製造終了が1982年)、さすがにお客様相手の商売には故障の不安が拭えません。

このコースターの扉上部にサイドオーニングが取り付けられ、ハイルーフのさらに上にはルーフエアコンのようなものが取り付けられていることから、マイクロバスをキャンピングカーに改造した”バスコン”と判明。

スペアタイヤがフロントバンパー下に取り付けられているのも独特の雰囲気ですね。
カラーリングから判断すると1981年頃のモデル末期のコースターのようです。

【Toyota Coaster High-roof (J-RB13)】
推定製造期間 1981-1982年頃

1969年2月3日、「ライトバス」をフルモデルチェンジして新たに「コースター」の名を冠して発売した。 コースターという名称は「沿岸貿易船」「巡航船」という意味である。 コースターは小型トラックの「ダイナ」をベースにホイールベースを270mm延長、フロア面を下げて居住性の大幅な向上を図った。 エンジンは5R型2ℓガソリン(93ps)と、J型2.5ℓディーゼル(70ps)の2機種を用意し、標準車の乗車定員は26名としている。

1970年2月10日、コースターに運転手の乗降に便利な運転席扉付車を追加した。

1970年10月19日、コースターに搭載されている5R型ガソリンエンジンの馬力を93psから98psに向上させたのと同時にアウトサイドミラーを可動式とした。

1972年2月10日、拡大するディーゼルエンジン車に対応するべく、J型ディーゼルエンジンに変えて新開発のB型エンジンを採用した。また、ラジエーターグリルの変更、フロントのベンチレーションホールの廃止などが行われた。

1977年、小型トラック「ダイナ」フルモデルチェンジに合せ型式がB10系に変更された。この変更によりホイールベースはさらに延長され、居住性を向上させたほか安全性を強化している。 また、外観が踏襲されているため従来型との判別は難しい。

1979年11月5日、昭和54年排出ガス規制・同騒音規制の対応と大型サイドミラーを採用するなどの変更を行った。 同時にコラムシフトからフロアシフトに変更し、操作性の向上を図っている。

1982年5月、2代目コースターの登場により販売を終了した。


絶滅度 ★★☆☆☆
レア度 ★☆☆☆☆
満足度 ★★★★☆
状態  現役車
撮影地 福井県
撮影日 2013年5月
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| Small-size Buses | 00:45 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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【関口マグティラック】 とってもキュートな小特車

小型特殊自動車といえば農作業用の作業車をイメージするのだが、農薬噴霧車(スピードスプレヤー)などの個性的なスタイルをもった乗り物が多くて奥深いジャンルです。
しかし、このジャンルへの興味を持つ人は聞いたことがないし、情報量が豊かな現代においてもあまり詳しい記述がないのが現状。

以前、埼玉県でとってもキュートな小型特殊自動車を見かけたのですが、車名や製造メーカーなどの手がかりが無く、謎多き車両として画像庫に放り込んだままでした。

Magtiluck_1.jpg
最近になってやっと名称が分かったのですが、㈱関口フレーム製作所(当時)が製造した”関口マグティラック(型式名:関口MAG)”でした。

一人乗りのシート下にセル付きシバウラ製250cc・5馬力エンジンを搭載。リア駆動の2WD駆動方式を採用し、最高速度は15km/h弱らしいです。 この手の車両はバーハンドルが多いのですが、丸ハンドルを採用しているのをはじめ、ブレーキも油圧式でワイパーや保安灯火類も一応取り付けられています。ダンプ架装の荷台は最大積載量が500kgと軽自動車以上の積載量を誇っています。

乗用型農用運搬機なので車体制限や速度制限などがあるのですが、税金は軽自動車税で車検もないので、維持費の負担は軽いのが特徴。でも新車で買おうとすると軽トラック並みの値段がするのがネックなんですよね。

何といってもこのルックスがカワイイですね。
屋根とドアはかっての”バモスホンダ”を彷彿させるような幌?ビニール?製で脱着が可能。乗り込む際にはファスナーを開ける方式を採用。

Magtiluck_2.jpg
実は石川県でこの車両を発見した際に、シート下のプレートからこの車両の名前が分かったのです。この車体は一枚目の車両よりも古いようで、1970年代後半のハイゼットトラックのような合わせホイールを使用していました。本来ならば後輪はダブルタイヤ仕様ですが、外側のタイヤを外してシングルタイヤ仕様になっていました。またフロントパネルの中央は凹み形状となっているのも違っている点です。

私の実家にも1980年代にこの手の車両があり、ビニールハウス内の整地や牛糞等の肥料を撒くのに使っていました。

Magtiluck_3.jpg
製造会社である㈱関口フレーム製作所(旧名称)は昭和30年4月に群馬県で創業された会社で、農業用の小型運搬車両などを中心に製造・販売してきました。 ところが、国内の農産業の衰退と輸入製品の価格競争力に対抗できなくなったことなどから事業内容を変更し、2010年に複合型産業廃棄物加工施設に新しく生まれ変わり、社名も㈱関口フレームとなっております。

| 未分類 | 20:46 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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【三菱ふそうFV】 北陸のFシリーズ前期型

先の五月連休は、以前から訪れてみたかった石川県小松市の「日本自動車博物館」に向かう事にしました。 博物館までの道中では、街中の自動車やトラックなどを気にしていたものの、カメラに収めたいような貴重な車体はほとんどなく、諦めムードが漂う中で国道をひた走っていた時の事です。

道路脇から国道に合流しようとする”三菱ふそうFシリーズ(前期型)”を発見!

その場は何もできすに通過したものの、先回りしてなんとかFシリーズの尾行に成功。 

Ishikawa_Fuso_FV_1.jpg
信号の切り替わりは「ドキドキ」ものです。
2年前の栃木では同じキャブを持つFP型(4×2)タンクローリーの尾行の最中に信号に引っかかってしまい、見失ってしまったという大失態があったので、今回の尾行は同じミスを起こさないようにピッタリと後を追うような形で追跡を開始。

追跡しながらこの車体について観察すると、最後輪の軸にもデフがあるので6×4駆動のFV型だと判明。 またキャブバックと鳥居の間にセルフローダー用の油圧ジャッキが直接フレームに取り付けられているのが分かります。 これによって車体のフロント部分を持ち上げ、重機を荷台に乗せやすくしているものですが、この機構は1960年代に三菱ふそうがこの”セルフローダー”として特許を取得していたんですよね。

Ishikawa_Fuso_FV_2.jpg
しばらく尾行を続けると、三菱ふそうFV型は大型機械の整備工場へ到着。 
最初は「整備済みの重機を運搬するためにここへ来たのだろうな」と思っていると、どうも違っている様子で、この子自身が整備場の方へ向かっていったのです。

FVの運転手に事情をお話ししてカメラの撮影の許可を頂くと、「どうりでピッタリ後をついてくる車がいたわけだ!」と言われてしまいました。 この運転手は建設会社の社長さんで、いろいろとお話を伺うと”ふそうFV”にかなりの愛情を注いでいることが分かりました。

「35年前のトラックだ!」とおっしゃっていたので、単純に考えると1978頃の三菱ふそうFV型(前期)(FV119Qセルフローダーかな?)だといい、近くに居た人は「骨董品だろっ(社長は)死ぬまで乗っているだろう」と言っていましたが、とんでもない!! 

古いトラックの中でもこのFV型の人気は凄いんです!!

Ishikawa_Fuso_FV_3.jpg
このFV型は遠くは海を越えて北海道まで行ったことがあるらしく、ちょこちょこ修理しながら走行距離は120万キロに達しているとか。 最初は12万キロの間違いだろうと思って聞き直したのですが、間違いなく120万キロだという。 乗用車では10万キロで廃車にするケースが多く、20万キロまで行くなら自慢するレベルなのに、使用頻度が多くない重機運搬車で120万キロとは恐れ入ります。

「夏場は暑いのでは?」と聞くと「ちゃんとクーラーが付いているぞっ」「ちょくちょく壊れるけど・・・」と言っており、夏のクソ暑い日でも安心して乗れることが分かりました。

運転席側のフロントホイルには、乗車する際に足をかけるステップリングが取り付けられ、履いているタイヤはスタッドレス仕様となっています。 リヤホイールの白いラインとフロントの黄色のV字ラインは当時の車らしく雰囲気満点でした。

個人的な好みでいうと”DXタイプのホイールキャップ”が付いていれば最高です。

Ishikawa_Fuso_FV_4.jpg
このFV前期型は一見ノーマルのように見えますが、実は細かな部分で改良がされています。 まずは助手席側のドアパネルが後期型(通称ブラックマスク)のセーフティウインドゥ付に交換されているし、ワイパーも防眩加工された艶消しタイプになっています。 それから運転席側のミラーステー形状も後期型の短いタイプになっていました。

社長さんの話によると、「純正のライトは暗かったので交換している」とのこと。
バンパーに埋め込まれたフォグライトは、純正がクリアーイエローだったのに対しクリアーに色調変更されたタイプに変更されています。

Ishikawa_Fuso_FV_5.jpg
細かな傷や錆等が若干見られるものの、他の同年代のトラックに比べるとピカピカです。 日常の手入れの行き届きと保管状況の良さからいえるものでしょう。
メッキグリルも状態がよくて眩しいくらいです。 

なお、登録ナンバーは自家用の白ナンバーから営業用の緑ナンバーに変更されたため、3ケタナンバーになっていました。

お忙しいところ、社長さんをはじめ、関係者の皆様にはいろいろとお世話になりました。 社長さんの「まだまだ乗るよ!」という言葉がとても嬉しく感じました。


【Mitsubishi FUSO FV (前期型)】
推定製造期間 1973-1979

1973年12月、それまでのTシリーズからFシリーズにフルモデルチェンジ。
搭載するV8ディーゼル エンジンはTシリーズのDC型を受け継ぐものの、石油ショック以後の低燃費のニーズに応えて予燃焼室式から直接噴射式に変更。8DC4型(265ps)と8DC8型(305ps)の燃費とパワーを両立するエンジンを搭載しました。外観はクリスタルカットと呼ばれるシャープなキャブデザインが特徴で、室内は操作性と快適性を向上させている。

1979年、Fシリーズの大幅モデルチェンジを実施。
主に昭和54年排出ガス規制に適合するエンジンとともに、内外装のグレードアップも図られた。フロント周りでは"ブラックマスク"と呼ばれるグリルを装着し、ミラーステーやポジションランプのクリア化が行われ、ワイパーは黒塗装になる。

1983年、大型トラックシリーズのフルモデルチェンジ。
従来のFシリーズから、ザ・クレートシリーズに切り替わった。

絶滅度 ★★★★☆
レア度 ★☆☆☆☆
満足度 ★★★★★
状態  現役車
撮影地 石川県
撮影日 2013年5月

| Mitsubishi / FUSO | 16:27 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

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【日野 KH120クレーン】 頂きものですが・・・

先日、連続射殺魔さまから古いクレーン車の画像を送って頂きましたので、
このブログ上で皆様とシェアしたいと思います!

事前情報によると、静岡県某所にある日野のボンネット型の10トン吊クレーン。
おそらく1970年前半の日野KH120型かな?と推測しているところに画像が届き、
見事的中!!

1973_Hino_KH120_1.jpg
こちらが届けられた画像で、6×2の駆動方式と車体の「KH」と記されたプレートがあることから、日野KH120型10トン吊クレーンで間違いないようです。
また、クレーン部分のプレートには1973年製造と書いてあるそうなので、その辺りの年式だと判明。(手持ち年表によるとKH120型は1972年7月発売)

情報によると、車体、油圧クレーンともに実動だといい、今時の10t級のラフテレーンクレーンと違いコンピューターは無いですが、ものすごく無理が利くとのこと。

車体色のオレンジ色は所有会社のコーポレートカラーですが、さすがに40年近くも経過しているだけあってお疲れの様子。おそらく新車購入時から再塗装されないままの状態だと思います。バンパーやアウトリガーのゼブラ色がいい感じに目立っていますね。

1973_Hino_KH120_2.jpg
日野自動車として最後のボンネットトラックとなるこの顔は、1970年4月に8トン積みKB121型(カーゴ)とKB111D型(ダンプ)の2種類に初搭載されたもので、その洗練された美しさと力強さは日野の乗用車「コンテッサ」をデザインしたミケロッティ氏によるデザインだといわれています。(特に海外で好評だったそうです)

また、日本初のチルトボンネット方式(前ヒンジのトーションバー方式でフェンダーごとチルトする)を採用しており、従来型よりも整備性が一段と向上。

3人がゆたり座れる広い室内は視界が広く、1枚ガラスのパノラミック・ウインドーや室内の換気にも気配りされているとか。

1973_Hino_KH120_3.jpg
1966頃の建設ブームに伴う増産対応やクレーンメーカー側の油圧技術の向上もあり、クレーン車の形態が変わってきたことで、1970年以降の日野クレーン車のラインナップは、10~15トン吊がボンネット型のKH120型等が受け持ち、20トン吊以上には大型トラック用の標準キャブを低床化したフルキャブ型で構成していました。

昨今、単独での旧型トラック探索に限界を感じております・・・
皆様から60年代~70年代にかけての旧型トラックの情報を頂けると有難いです。
どうぞよろしくお願いします。

| Hino | 22:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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【三菱ふそうT410】 全国的に珍しいボンネットトラック 

5月連休は北陸方面の博物館巡りを行っていました。

前々から気になっていた日本自動車博物館などを見て回ったのですが、移動の際には現役の古い商用車を気にしていたものの、なかなかこれといった個体とは巡り合うことができませんでした・・・

全国的に昭和時代の車両の生存率が著しく減少しているのを実感し、数年前までは普通に見かけることができた黄金キャンター(小型トラック)やふそうFK(中型トラック)もほとんど見かけることができませんでした。

そうした状況下、5月連休中に群馬県内を移動中、久々に感動できる個体に巡り合うことができたんです♪

Fuso_T410_1.jpg
新緑がきれいな山間の旧道沿いで目撃したのがこの個体。
最初は1961年に発売された三菱ふそうのT330型8t積ボンネットトラックだと思ったのですが、どうもフロントタイヤのトレッドが狭い感じがしたので、自宅に戻って確認するとT330型をベースに6.5t積として1963年に発売されたT410型のような気がします。

この場所は元々会社の敷地だったようですが、今は個人の倉庫代わりに使われているような感じになっており、T410型の他には事務用スチール机やイス、ブラウン管テレビ、スチールラックなどいろんなものが置かれています。

全国的にもT330/T410系(丸目2灯式)の廃車車両の目撃話は聞いたことがないので、非常に貴重な車体だと思うのですが、この車体が放つ独特なオーラに対し、妻は「お化けが出そう・・・」ととんでもない事を言っていました。

三菱ふそうの社史に、T330型とT410型の1964年までの生産台数が出ていました。
【T330型】
1960年8月から1964年までの4年5ヶ月に発売されたのが5,854台(約110台/月)
【T410型】
1963年2月から1964年までの1年11ヶ月に発売されたのが650台(約28台/月)
丸目4灯式にモデルチェンジするのが1966年3月なので、T330/T410型の生涯販売台数をラフ試算してみると8,500台(うちT410が1,000台強)だと推測します。

Fuso_T410_2.jpg
前モデルのT33系に対してT330型ではアリゲーター式(上に開く)ボンネットを採用することで、整備性の向上が図られているのが特徴で、また同時にフェンダー回り等を大量生産に向くオールプレス化の構造に改め、生産性の向上とコスト低減の目的で生産性は飛躍的に増大。しかし当時は樹脂部品が一般的ではなかったので、デザインの苦労の跡が見てとれます。

また、フレーム前部をキックダウンし、ラジエーターの高さを下げボンネットを低くすることに成功。これにより視界の拡大と近代的機能的スタイリングになった訳ですが、フロントウインドーはガラスの成型技術の問題なのか従来方式の2分割式を採用していますね。

T410型6.5t積を発売した背景として、市街地を走行するクルマの幅、重量、高さ、長さ、最小回転半径を規制する車両制限令(1961年7月17日公布)が全面施行になったのに対応して、市街地を走行可能な大型車として発売したもので、T330型8t積をベースに、エンジンはDB31型(65ps)ィーゼルを搭載したものでした。


【Mitsubishi Fuso T410(前期型)】
推定製造期間 1963-1966年


【1960年8月】 法規改正の対応によりT33型のスタイルにフラッシャーランプとフェンダーマウントのバックミラーを取り付けた車両をT330型として発売した。
この時「ニュートラック」と命名。

【1961年2月】 T330型をフルモデルチェンジし8t積“新T330シリーズ”が登場。
アリゲーター式ボンネットを採用した流線型スタイルとなり”ニュースタイル”と命名。

【1961年】 T330型をベースのトラクタ“T350型”(5輪荷重8t)を発売。

【1963年2月】 車両制限令に対応した市街地走行可能な“T410型”6.5t積車を発売。

【1966年3月】 T300系、T400系ボンネットトラックのスタイルを一新して発売。
ヘッドライトを丸型4灯式に変更するとともに、大型化されたフロントグリルに変更。
また、曲面フロントガラスの採用されたキャブは完全プレス化となる。

【1968年6月】 T330型8t積に200psエンジンを搭載し”T800F型”として発売。
高速連続走行にも十分な威力を発揮した。

【1969年8月】 T330系、T410系、T800系を一気にモデルチェンジを行った。

絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★★
満足度 ★★★★★
状態  屋根下保管車
撮影地 群馬県
撮影日 2013年5月

| Mitsubishi / FUSO | 23:00 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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