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【いすゞV10SS後期】 駐車場所を変えたの?

今月は仕事で栃木県に行く機会が多く、週1度のペースで足を運んでいます。
栃木に行くと必ず通る道路があるのですが、そこを走行していると田んぼ脇の駐車スペースに年代ものの大型ダンプを発見。

Isuzu_V10SS_Tochi_1D.jpg
1979年から1983年にかけて発売されていた”いすゞV10SSダンプ”の後期型。 デフ形状を確認すると大型ダンプでは定番の6×4駆動の10.5トン積モデルです。当時のいすゞ大型トラックにはペットネームが付いていなかったため、エンジン呼称である「ニューパワー」と呼ぶ人が一般的で「V10SS」「V12SS」と呼ぶ人はマイノリティですが、カタログ等の表記は後述の名称を使っています。

ところでこのダンプ、以前は所有している会社の事務所敷地内を寝床としていたのですが、ちょっと離れたこの地に駐車していました。(3度目撃)
増車等で押し出されちゃったのか!?

最終モデルでも30年は経過するモデルだけに、同県でのダンプはこれ一台しか現存車を知りません。 この型も更新されて尽くし、貴重な現役車となってしまいました。

Isuzu_V10SS_Tochi_2D.jpg
この後期型の顔は整形手術が大成功したモデルで、一部では”ロボット顔”と呼んでいる人がいるとか。 直線基調のフロントグリルとハンパーを装着し、ウインカーは日野のようなタイプを採用。 また、速度表示灯にはカバーが取り付けられるといったシャープなイメージになっています。

マイナーチェンジ前の中期型モデルは”ゴリラ顔”と呼ばれ、実に田舎臭いフロントマスクをしていましたね。
http://route0030.blog.fc2.com/blog-entry-103.html

Isuzu_V10SS_Tochi_3D.jpg
フロントに比べるとリヤ周りは使い込んだ感じが目立ちます。
大型ダンプの2連アローテールランプは珍しいですね。
小型・中型車から部品取りしたのかも。

Isuzu_V10SS_Tochi_4D.jpg
こちらは5年前に撮影した同一車。
この時はキャビン周辺の塗装が傷んでいましたが、今はメイクアップを施して若返った印象になっていますね。それと足回りも昔はチューブタイヤとステップリング付ホイルでレトロ感を感じます。


【Isuzu V10SS(K-SSZ)】
推定年式 1978-1979年

■1967年、大型フルキャブオーバー車としては2世代目モデルに更新される。
固有名称は与えられず、TD/TP/TM等の形式名でボンネットトラックと併売された。
■1970年、12L 直噴E120型エンジン(250ps)を搭載しパワーアップを図ったTMK-E型が登場。
■1974年、高速・高出力化に対応した直噴12.5L 10PA1型(295ps)SR系「ニューパワーV10」エンジンが登場し、ニューパワーZエンジンを含めてエンジンバリエーションの拡大が行われた。

■1972年、最初のビッグマイナーチェンジが行われる。260psにパワーアップしたE120エンジンは新たに「ニューパワーZ」の愛称が与えられると同時に、キャブは基本スタイルをそのままにフロントオーバーハングを延長したレイアウトに変更され(キャブの搭載位置を前側に移動)フロントスクリーンはセンターピラーレスの一枚ガラスへ変更。その他フロント周りのデザインを変更しグリル、バンパー等の変更やドア下のステップも大型化された。

■1976年、大型ラジエーターグリルを装着した「ゴリラ顔」にマイナーチェンジ。
車体側は安全性と耐久性の改善が図られる。

■1978年、ライバルメーカーの出力競争に対向した高出力エンジン「V10SS」を追加。
最高出力320psを誇るエンジンは当時のクラス最強で、セールス上の大きな武器になった。

■1979年、2度目のビッグマイナーチェンジが行われ、昭和54年 排ガス規制に対応した新モデルに切り替わる。
フロントフェイスは直線基調のデザインになり、4本のグリルバー等によりスッキリした印象になる。
助手席側のドアには安全窓が追加され、テールライト等の灯火類も視認性の高い形状に変更された。

■1982年、山間地などの急坂路を走るダンプユーザーから寄せられたパワーアップのニーズに応え、V型12気筒エンジンを新開発。搭載された12PB1型エンジンは、総排気量16,826ccのキャパシティから350psのハイパワーを発揮した。

■1983年、新大型トラックの810が登場。

絶滅度 ★★★☆☆
レア度 ★☆☆☆☆
満足度 ★★☆☆☆
状態  現役車
撮影地 栃木県
撮影日 2013年6月
 
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| Isuzu | 14:24 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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【いすゞTXD50】 高度経済成長期の定番トラック

昭和30年から48年にかけて、日本の経済成長率は年平均10%を超える高度成長を続け、国民総生産(GNP)はアメリカに次ぐ第2位まで達し、この18年間を一般的には高度経済成長期と呼ばれています。

この高度経済成長期を代表するトラックといえば、いすゞTX型ボンネットトラックを思い出す人が多いと思います。道幅が狭くて曲がりくねった道路での輸送(原木運搬やダンプ等)を中心に活躍したトラックはもちろんのこと、消防車両であればTXG型は定番ですし、ボンネットバスのBX型も有名です。

そんなTX,TXD型トラックですが、現代では現役車両を見ることはほとんどなく、中古車両はタイなどの東南アジアに渡ってるし、廃車体の一部はボンネットバスのレストア用のドナーになったりと、目にする機会がないのが現状です。

Isuzu_TXD50_Tochi_1.jpg
栃木県のある資料館にはいすゞTXD50型6t積トラックが展示されています。
(展示といえるのかな?)

小回りの利く6t積車という性能を持ったTXD50型は、現役当時、この周辺で採掘される石を運ぶのに使われていたらしく、レストアされることなくドアやアオリには業者の名前が残ったままになっていました。

不思議に感じたのは車体の汚れ方。草ヒロのような汚れ方と違って、泥を被ったような汚れ方をしているのですが、何でこんな汚れ方になったのでしょう。

Isuzu_TXD50_Tochi_2.jpg
サイドビューから見ると、前後タイヤサイズ8.25-20と大きく張り出したフェンダーに対し、キャビンの小ささが気になりますが、運転席の乗降に関してはキャブオーバー車よりもドライバーにやさしいですね。

Isuzu_TXD50_Tochi_3.jpg
この型について詳しく書かれた資料は見た事が無く、年式判断する基準が曖昧ではありますが、1969年から1972年にかけてのTXD50型だと思います。この年代のエクステリアの特徴は、4灯式ヘッドライト下のポジションランプが廃止されている点と、フラッシャーランプ(ウインカー)が丸型になっている点から推測しました。

Isuzu_TXD50_Tochi_4.jpg
以外だったのは丸型テールランプを採用していたこと。 時代的には丸型テールは一般的だったのですが、自分が持つボンネット型のイメージと違いました。

この車両、見た目はアレですがちょっと整備すれば動きだしそうです。


【Isuzu TXD50 6t積】
推定製造期間 1969-1972年頃


■1959年10月 東京モーターショーで新型のいすゞTX型トラックを発表。
「近代的なスタイル!合理化された機能!信頼性をますます高めた」と謳ったこのTX型は新型キャブの採用でイメージを一新、ボンネットはアリゲーター式が採用されエンジン点検エンジンメンテナンス性が向上。また、燃料補給の方法が大きく変わり、それまでは戦後の燃料の盗難防止からキャブ内シート下に給油口があり、ドアを開けシート部分から給油したが、新型TX型ではキャブ右ドア後部に給油口が移り、スタンドでのスピードアップ化が図られた。

エンジンは直列6気筒DA120型ディーゼル6,126cc・125psと直列6気筒GD150型5,654cc・145psガソリンを搭載したトラック(TXG型)は完全な受注生産であった。また6t積ディーゼル車には空気バネ付トラックが用意されている。5t積車はホイールベース4.3mのTX551型と4.0mmのTX541型をラインナップ。6t積車はホイールベース4.3mのTX552型と4.0mのTX542型をラインナップ。

■1962年10月 TX型トラッックに改良を施しディーゼル車はTXの後にDが加わってTXD型に、ガソリン車はTXG型に変更された。外観上の大きな変化はフロントウインドーが“ラップアラウンドグラス”と呼ばれる1枚曲面ガラスになり、キャブルーフ部分が張り出し、下向きルーバーが加えられキャブ上部にエアーダクトが加えられたことで快適性が増した。

DA120型ディーゼルエンジンは125psと性能的には変更がないものの、オイルパンやオイルポンプを強化。このとき発売されたのは、6t積のTXD50型、TXD40型と、5t積のTXD30型、TXD20型および3t積のTXD10型。

■1963?1964年? TXD型とTXG型トラックのマイナーチェンジを実施。
フロントマスクは2灯式のヘッドランプから4灯式に変更され、それに伴いグリルも変更。

以後、フラッシャーランプ、ポジションランプ、いすゞマークの変更を受けならが1979年頃に国内販売を終了。1980年代以降は東南アジア方面へ輸出していた。


絶滅度 ★★★★☆
レア度 ★☆☆☆☆
満足度 ★★★★☆
状態  現役車
撮影地 栃木県
撮影日 2013年6月

| Isuzu | 13:56 | comments:22 | trackbacks:0 | TOP↑

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【日産ディーゼル コンドルワイド】 キャブ幅段差規制で誕生

昭和55年(1980)12月、「キャブ幅段差規制」が施行され、中型トラック市場にちょとしたトレンドが生まれました。

「キャブ幅段差規制」とは、キャブ本体幅と荷台幅の段差を片側100mm以内としたもので、これまでの小型・中型車のワイド仕様は、標準型のキャブをベースにワイドボディを搭載させる手法を採用していました。この当時「トラックの左折時の内輪差による巻き込み事故」の悲惨なニュースが多く取り上げられ、巻き込み事故防止の一つとして規制されることになったのでした。 ほかには中型車以上の助手席側の窓下に安全窓の追加、バックミラーをスクエア化し大型タイプにするなどの変更がありました。

中型トラックを生産している各社の対応はバラバラで、いすゞフォワードと三菱FKはキャビンを左右にストレッチしたワイドキャブ車を発売。 日野レンジャーはベッド窓付近を大きく膨らませて全幅確保。

そして日産ディーゼルは何と”大型トラック(C系)”のキャブを中型トラックシャシーに搭載し、コンドルワイドとして1980年10月に発売したのでした。1983年5月に新しいキャブとなる2代目コンドルが発売されているので、約2年半という発売期間の短さと、ワイドキャブという派生仕様という条件も重なり、珍しいトラックの一台です。

UD_Condor_wide_11.jpg
2012年の夏に北海道を旅している途中、こちらに向かって走ってくるコンドルワイドを発見。 正面から見るスタイルはキャブ幅に対してトレッド幅少なく、フロントタイヤが内側へ入り込んでしまい、バランスが悪く感じます。 ターボパワーでしょうか、いいペースで走り抜けていきました。

UD_Condor_wide_12.jpg
数十分後、先程のコンドルワイドがホームセンターの駐車場に駐車していたので、じっくりと観察させて頂きました。

中型シャシに大型のキャブを搭載していますが、キャブ搭載位置は大型車よりも低め。 大型車の場合はヘッドライトの下にフォグが埋め込まれたガーニッシュが付くのですが、コンドルワイドではバンパー側にフォグライトを埋め込んだ仕様となります。

フロントウインドに小型のバイザー、ワイパー横に手すりが追加されている以外はノーマル姿を保っていて、年式を考えると綺麗な車体ですね。 とってもいいですよ。

UD_Condor_wide_13.jpg
フロントグリル周りは大型トラックC系の前期型を流用していますが、後期型のグリルを流用していない理由はキャブ搭載位置関係で問題があったのかもしれませんね。

NISSAN DIESELと書かれたガーニッシュの取り付け部とミラーステーまでつなげるステーがちょっと強引ですね、左側ミラーの振動を抑えるためでしょうか。

UD_Condor_wide_14.jpg
左側のドアには大型トラックにはなかった安全窓が追加されています。
架装した荷台は北海道ではよく見かけるタイプで、アルミブロックを2段重ねにしてアオリ高を稼いでいます。 サイドマーカーが無いようだけど、任意取り付けだっけ?


【Nissan diesel Condor Wide】
推定製造期間 1980-1983年頃

1980年10月、コンドル・ワイド(4.25t積)を発売した。
1983年に2代目コンドルが登場するまで、大型キャブを搭載したコンドル・ワイドはその短い生涯を終えたのでした。

絶滅度 ★★★★★
レア度 ★★★★☆
満足度 ★★★★☆
状態  現役車
撮影地 北海道
撮影日 2012年7月

| Nissan diesel / UD | 10:57 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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【トヨタ トヨエース(後期型)】 トラックの国民車 第3章

昔むかし「トラックの国民車」と呼ばれていたトラックがありました。
昭和29年(1954)に発売された初代トヨエースは、1トン積クラスのセミキャブオーバー型として広い分野において好評を得ていました。3輪トラック並みの手頃な価格でありながら、しっかりした4輪自動車として評判が高かったそうです。

17年後の昭和46年8月30日には、3代目トヨエースが登場。
初代から継承されたセミキャブオーバー型ではあったものの、それまでのパキパキとしたペーパークラフト風のデザインから丸みを帯びたやさしい顔のデザインに変更されたのでした。

しかし、この頃になると他社メーカーの強力な競合車も出現しており、かってのトラックの国民車は苦戦を強いる結果となってしまいました。 その原因を想像すると、中途半端な使い勝手になるセミキャブオーバースタイル、ディーゼル搭載車の投入遅れ、超低床荷台の投入の遅れなどがあったと思われます。

3th_Toyoace_1.jpg
この3代目トヨエースの現役車はあまり残っていないようで、ここ数年、関東エリアでは見た記憶がありません。 画像のトヨエースは2010年5月に北海道で撮影したもので、旧型トラックの現存率の高い北海道でさえあまり見かけることはありません。

荷台のコンテナから分かるように、農家の方が所有されている車両で、撮影時は畑に駐車してありました。 グリル形状から判断すると、昭和51年(1976)にマイナーチェンジされた後期型と思われます。

伝統のセミキャブオーバースタイルを継承しながら、快適性を向上させるため、室内スペースを拡大し、曲面フロントウインドウ・ガラスの採用、三角窓の廃止などによって視界の良さと快適性が一段と高まっています。

グリルに取り付けられたDELUXEのエンブレムは、標準型に対して豪華さと快適さを向上させたモデルのことを指し、ラジオ、ヒーター、シガーライター、助手席サンバイザー、フロアマットが標準装備されたモデルになります。前期型ではSPECIALと呼ばれていたけど、後期型ではDELUXEに変更されています。

子供の頃、この型のトヨエースは丸っこくてあっさりしたデザインだったせいか、あまり好きではありませんでした。 当時、好き嫌いの基準はエルフ、キャンター、タイタンなどの2t車クラスと比較していたので、それらの車両に比べると迫力不足だったし、果物農家のおばさんが乗っていたイメージが強かったんです。

大人になった今では、とても気になる車の一台になています。

3th_Toyoace_2.jpg
ロイヤルブルーのトヨエースは2010年8月に青森県で目撃したもの。

これは昭和52年(1977)8月に追加された超低床荷台”シャストロー1.25t積”
荷持の積降しやすさを考えて後輪に12インチの小径ダブルタイヤを採用、床面高さを705mmとしタイヤハウスのない低くて平らな荷台を実現。(これまでの低床車は795mm) 実は同様の荷台は昭和49年(1974)年にいすゞエルフ・フラットローで先に採用されていたため、後追いだったのが悲しいところ。

前期型ではホワイトとピレウスグリーンと呼ばれる鶯色のイメージが強いトヨエースでしたが、後期型にはホワイトとロイヤルブルー(画像)とハワイアンブルーのブルー系が採用されています。


【Toyota Toyoace(後期型)】
推定年式 1976-1979年


1971年8月30日、小型キャブオーバー型トラックの「トヨエース」をモデルチェンジした。 トヨエースは1954年年の発売以来、これまでの累計販売台数は57万台を超え、1t積キャブオーバー型トラック市場をリードしてきた。
3代目となる新型トヨエースは、初代から継承するセミキャブオーバー型を採用しつつスタイルを一新し、機能性に現代性をプラスした。 バリエーションは1.25t積車と1.5t積車の2種でスタートし、1.5t積が12R型4気筒OHV 1587cc(83ps)、1.25t積は3P型1345cc(70ps)とどちらもガソリンエンジンを搭載している。 キャビンは室内長の拡大、フロントウインドのカーブドガラスを採用、三角窓の廃止など、居住性と視認性の向上を測っている。

1972年7月10日、貨物輸送量の増加と小型トラックのディーゼル化に対応し、トヨエースに1.5t積ロングボディ車、2t積ディーゼル車(7/22発売)を追加した。 ロングボディ車は従来の1.5t積をベースに荷台を200mm延長。 2t積ディーゼル車は2J型2,481cc(75ps)エンジンを搭載。

1972年11月13日、トヨエースのバリエーション拡大として木製デッキ高床三方開車6車種を追加した。 木製デッキは耐久性並びに荷傷みが少ない特性を生かして機械・鋼材などの金属製重量物等の運搬に適している。

1975年1月20日、1.5t積ディーゼル車3車種とパワーリフト車4車種を追加した。 従来2t積車に搭載していた2J型2.5ℓディーゼルエンジンに改良を加え、馬力とトルクを向上させながらディーゼル排出ガス規制に適応している。 また、パワーリフトは(英)ラットクリフ社とトヨタ車体の技術提携により開発された。

1976年11月19日、小型トラックのトヨエースをマイナーチェンジ(後期型)した。 主な改良点は居住性の向上、積載性の向上、若干の意匠変更、デラックス車の追加等である。 フロントグリルデザインは2分割グリルとなり、従来のスペシャル車を廃止し、デラックス車を設定した。

1977年8月18日、トヨエースに「ジャストロー」およびダブルキャブロングデッキ車を追加した。 ジャストローは後輪に小径ダブルタイヤを用いた低い荷台(荷台高705mm)と、広く平らな荷台と3方開きゲートを持ち、積み降ろしが容易で重心が低くなることで走行安定性を高めている。

1978年2月1日、高速道路整備に伴う長距離走行に対応し、燃費、高速性能、騒音に優れた5段ミッション車を追加した。(従来車は4段)

1979年3月7日、「昭和54年排出ガス・騒音規制」をクリアした4代目トヨエースが登場し生産を終了した。


絶滅度 ★★★★☆
レア度 ★★★☆☆
満足度 ★★★★☆

| Toyota | 11:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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【三菱ミニキャブ】開発中止のお知らせ

2013年5月30日、三菱自動車は軽トラックなど商用車の新規開発を中止する方針を決めた。 生産台数が少なく、採算も取りにくいため生産も段階的に縮小。 日産自動車と共同開発した軽乗用車や電気自動車(EV)などに経営資源を集中し、商用車はスズキから調達する方向で調整する。三菱自は再建に向けて優先株処理と復配を急いでいる・・・

2012年4月にスバルがサンバーの自社開発・生産が中止したのに続き、今度は三菱がミニキャブが撤退のニュースに驚くばかりです。でも、ある程度予測は出来ていたんですよね。

三菱自動車は電気自動車に開発資源を集中したため、従来のガソリン車のモデルチェンジは遅れに遅れ、一世代前のモデルを売っている状況。最近の新型車ではアウトランダーP-HEVが販売当初は好評なスタートをきったものの、駆動用リチウムイオン電池の不具合が発生して、ボーイング787機のバッテリートラブルと相まって評判を落とす結果になってしまいました。また、リコール隠し問題によって企業イメージの低下も致命的でした。

参考として国産自動車メーカーの研究開発費(2011年度)の結果を見てみると
①トヨタ自動車 8,733億円
②本田技研工業 5,821億円
③日産自動車  4,793億円
④スズキ    1,230億円
⑤マツダ    1,027億円
⑥富士重工業   539億円
⑦三菱自動車   392億円 
(※ダイハツはトヨタと合算か?)

明るいニュースとしては、6月には日産・三菱の企画開発会社であるNMKV(Nissan Mitsubishi Kei Vehicle)よりニッサンDAYZと三菱EKワゴンのハイトワゴンタイプの軽自動車が発売になります。表向きは「ニッサンの高級感と品質と三菱の軽のノウハウを融合させた」と言われているけど、実は軽自動車の開発ノウハウを持たない日産が研究開発費を負担し、資金力の乏しい三菱が開発したものと想像できます。自動車業界内では軽自動車領域で元気のない2社が手を組んでもしょうがないのでは?との厳しい意見も聞かれます。

軽トラック・バンに話を戻すと、自社開発しているモデルはスズキ キャリイ、ダイハツ ハイゼット、ホンダ アクティの3車種。キャリイとハイゼットは車両価格の安さから価格コンシャスなユーザーに支持されており、アクティはMR方式という独特の駆動方式によって空荷での走行性も良く、耐久性で優位であるものの、車両価格が他の2車よりも割高なのが欠点。(注意:私の認識上)これ以上軽商用車のモデルが消滅しないことを祈ります。

MINICAB_5.jpg
画像は2011年8月に岐阜県で目撃したレアな「ミニキャブ5」
軽の規格変更に伴って1976年4月に誕生した過渡期モデルで、パワフルかつ静粛性に優れる500cc・水冷4サイクルエンジンを搭載し、ボディの新設計にともない荷台長も拡大。

1977年3月には、ミニキャブ5をベースにボディサイズと排気量を軽規格いっぱいまで拡大(550cc化)。車名も「ミニキャブ ワイド55」に変更されたため、「ミニキャブ5」は実質販売期間は1年と短命モデルでした。

| Mitsubishi / FUSO | 13:35 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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【日産ファイヤーパトロール】消防団の車といえばコレ!

馴染み深い消防車といえば、生まれた年代や育った場所によって人それぞれではないでしょうか。私が生まれ育った所は、野菜や果物などをイメージする典型的な田舎町だったので、普段から消防車を目にする機会はあまりありませんでした。

そのせいか、印象深い消防車といえば”日産ファイヤーパトロール”しか思い浮かびません。
当時(1980年代前半)地元では、町内運動会や小学校運動会にはファイヤーパトロールが現れ、昼食後あたりに地元消防団による消防操法を披露するのが恒例となっており、子供ながらにファイヤーパトロールは小さい車体ながら磨きこまれた真っ赤な車体が眩しく感じていました。

あれから30年弱余り、今やファイヤーパトロールの現役車どころか廃車体ですら見かけなくなってしまいましたが、近年では趣味として個人保有している話もチラホラ聞こえます。

Fire_Patrol_1.jpg
こちらのファイヤーパトロールは2013年5月に長野県で撮影したもので、自動車整備工場の駐車場に停められていました。整備工場の人に車両について尋ねると、「売りものじゃなくて、所有者が山間を乗り回すのに使うらしく、整備を依頼されている」と教えて頂きました。

3連ワイパー、フェンダー先端のウインカーとポジションランプが別体式、ヘッドライトが出目金になっていることから、1970年代後半頃のモデル末期の車体と推測されます。

昭和20年代の朝鮮戦争を契機に軍用を主な目的として初代パトロールは開発され、昭和30年代以降は民需用としても、連絡・輸送等の農林業や土木建設業などの多目的な用途も視野に入れて、2代目となるニッサン・パトロール60型の開発されました。

ファイヤーパトロールのベースになった日産パトロール60型は、昭和35年10月に発売。
トヨタを始め内外の競争車を意識しつつ「ユーザーの要望する60」 コンセプトとし、軍用車的な四輪駆動車から民間用の四輪駆動車へと大きく変貌。その車体は多用途・多目的車両への作りやすい構造になっており、四輪駆動車の消防車としてファイヤーパトロールは日本全国に配置されたのでした。また、パトロール60型は輸出の比率が高く、インドでも1962年から左ハンドル車のLG型が現地生産されたそうです。

Fire_Patrol_2.jpg
タイヤは1991年より発売禁止となっているスパイクタイヤを装着。また、フロントバンパー中央部のステーとロアグリルには、クランク棒を差し込んでエンジンを始動させる穴が開いていました。

車両全幅に対してヘッドライトの幅が消防車両法か何かで引っかかったため、マイナーチェンジでヘッドライトが出目金になったそうです。フロントバルクヘッドに台座をビス止めし、ヘッドライトを前寄りにしつつ外側に位置変更されているのが分かると思います。

Fire_Patrol_3.jpg
搭載されたガソリンエンジンはPF型 水冷 直列6気筒 OHV 3,960cc 130psだと思われ、フロアにはシフトレバーの他、副変速器、2WDと4WDを切替用らしきレバー類がいくつもあってビックリです。

昔の車はインパネの上部からフロントガラスとの境界を”スカットル”と呼んでいましたが、そこにはベンチレーターがあり、チュッパチャプスのようなレバーを下に下ろすと開くようになっています。

Fire_Patrol_4.jpg
こちらは2011年1月に栃木県で目撃したファイヤーパトロール。フェンダーに4×4のエンブレムが無い事と、フロント側にデフを持っていないことから2WD仕様のようです。 山間地や雪国では4WDが必要不可欠だったと思われるけど、一般地区用として2WDを出していたのかもしれませんね。

Fire_Patrol_5.jpg
トリを飾るのは、富山市の日本海食堂に置かれているファイヤーパトロールで、グリルの横バーのメッキ化、2連ワイパー、ボンネット先端のNISSANのロゴが古いようなので、1970年代中盤頃のモデルと推測します。

ファイヤーパトロールは塗装が老化ると朱色っぽくなるイメージですが、この車両は黒ずんだ赤に退色していました。現役時代の眩しい輝きからは程遠く、ちょっと疲れた感が見受けられました・・・

| Nissan | 08:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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