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【トヨダトラック G1型】 米国トラックを参考に設計

今週は名古屋に出張していました。

名古屋周辺はトヨタの城下町なので街中を走る車はトヨタ車が多いのは当然ですが、道幅も広く車社会に適応した街に整備されているが特徴だと言えます。

今回はトヨタグループが運営する産業技術記念館(別名:トヨタテクノミュージアム)に仕事の合間を使って訪れてみました。ここの博物館は糸を紡ぐ、布を織る技術を展示している「繊維機械館」と、自動車の構造と開発・生産技術を展示している「自動車館」と異なる2つのテーマを展示しているのですが、「何でトヨタが繊維機械を展示しているの?」と思う方もいらっしゃることでしょう。

元々トヨタ自動車は、豊田自動織機製作所内に開設された自動車部が、昭和12年に独立して誕生した自動車メーカーなのです。

Technology_Museum.jpg
トラックファンにとって「産業技術記念館」の見所といえば、「トヨエースSKB型」と「トヨダトラックG1型」の2台ですね。

今回は「トヨダトラックG1型」に焦点を当ててリポートいたします。

Toyota_G1_1.jpg
トヨダトラックG1型(複製)は豊田自動織機製作所が昭和10年に開発した初のトラック。
同年、閣議で「自動車製造事業法要綱」が決定され、豊田自動織機製作所は、事業法の交布までに自動車の生産を軌道にのせて、実績をもって事業法の適格審査をパスする方針を立てたことにより、先に開発していたA1型乗用車よりも製作が容易なトラックの開発を優先したのです。

豊田自動織機製作所はトラック開発の経験が無く、購入した1934年製フォードトラックを模倣しながらシャシー設計をスタート。短期開発という制限のもと、工場内の事務所2階に寝泊りしながらの開発が進められたのでした。

フェンダーの試作においては型を作る時間がなかったので、土間の比較的固い部分に穴を掘って、その穴を型の代わりにして叩きつけたりして作った等の逸話があります。

Toyota_G1_3.jpg
トヨダトラックG1型は当時、抜群の信頼性をもっていたフォードとシボレーの良いとこ取りをした模倣トラックで、エンジン部品などはそのままシボレーの部品が流用できるようになっていました。

・エンジンは乗用車と同様33年型シボレーを採用。
・フレームは丈夫なフォード式を採用。
・フロント・アクスルはシボレー式、リアは日本の道路を考慮してフォードの全浮動式。
・寸法はインチ制を採用。

スタイルやボディ構造はクライスラー社の1934年型「デ・ソート」を参考とした流線型のスタイルを採用。当時は時期尚早との反対意見もあったが、豊田喜一郎は画期的な流線型スタイルに日本特有の美的感覚を取り入れた車造りを決断。「より東洋的で高尚な趣味を表現したい」という考えは、ラジエーターグリルのデザインに生かされ、グリル上方の両隅を鋭くとがらせたデザインは、“能”の般若面にヒントを得たデザインを採用しました。
人々はこれを「ビリケン・マスク」と呼んでいたそうです。

キャビンは木製骨格に鉄板で覆った造りなので、内装は木目がそのまま使われていますね。超小型のワイパーやミラーは右側の片側装備と言う具合に簡素化されているものの、フロントグリルやサイドダクト、ボンネット上のマスコットにはお金を掛けた贅沢な造りになっていました。

Toyota_G1_2.jpg
昭和10年(1935)8月、試作トラックが完成し、”G1型トラック”と名付けられた。

昭和10年9月、G1型トラックの総合的な運行試験が実施され、トラックは6日間で1260キロを走破する走行テストを行い、燃料消費量や潤滑油補給量の測定など各種の技術データの収集を行う。(テスト中には次々と故障が発生し、その都度修理を繰り返したそうです)

昭和10年11月、東京でトヨダG1型トラックを発表。
販売価格は(東京渡し)フォード、シボレーより200円安く、トラック完成車が3200円、シャシーが2900円に設定。 この価格は、当時としては原価を大きく割る赤字価格であったが、将来量産した場合には、十分に採算がとれるという見通しのもとに「とにかく、現実に売れる価格で市場に出すことが先決だ」とする考えに沿った戦略的価格に設定したのです。

しかし、設計/製造ともに未熟であった上に、当時の鋼材の質の悪さによりG1型は故障が続出、生産台数は379台だけの台数にとどまったのでした。

昭和11年9月、日産自動車と共に「自動車製造事業法」の許可会社に指定される。

昭和11年9月、G1型トラックはGA型に改良され、大量生産体制で生産された。

Toyota_G1_4.jpg
搭載されているG型エンジンは 水冷6気筒OHV 3.389cc(65ps)、乗車定員は2名、最大積載量は1.5トン。
改良型のGA型は民間用だけでなく、軍用車として戦地にも送られたそうです。

架装されたトラック荷台も、そのほとんどが木製ですね。
1950年代頃までの自動車ボディは、スチール(鋼鉄)製の車体の上に木材主体のキャビンを架装する「木骨ボディ構造」が一般的で、トヨタとしては1949年に「オールスチールボディ」を初採用したそうです。

テールランプは1灯式だったんですね、知らなかったです。

Toyota_G1_5.jpg
前後輪にはホウキのようなものが取り付けられています。
1930年代の円太郎バスやトラックなどにも多くみられたのですが、これは舗装されていない道路の水たまりを走行する際、歩行者に泥水をかけないようにと配慮されたものでした。

日本人特有の”他者への気配り”からきたものでしょうね。
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