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【Zero Fighiter】 未来への第一歩

今朝の「喝!」でおなじみの報道番組の酷さに呆れてものが言えません・・・

この記事を掲載しようかどうか悩んだんのですが、報道の公平さに欠けるマスコミの報道に対してちょっとだけ抵抗したくなりました。

「これ、おかしいな?」 「何でかな?」

と思ったら流される情報だけを鵜呑みにせずに、自分自身で調べて自分の価値基準で判断してもらいたいと思います。

Yasukuni.jpg
先日、甥が大学受験のために東京へ上京し、当日は試験会場まで私も同伴することに。

受験会場の近くには靖国神社があり、せっかくなのでちゃんと一度お参りをしたく神社に向かう事にしました。 靖国神社に訪れるのは7年ぶりの2度目で、機会があればじっくりとお参りをしたいと思っていたのです。(前回は時間がなくて駆け足だった)

参拝の理由は私の祖父(故人)は陸軍砲兵所属で戦死した訳ではありませんが、なにか祖父の魂がここにいるような感じがするし、欧米露のアジア全域植民地化に対して祖国を守ってくれた人々への感謝の気持ちがあったから。

魔法の動画

靖国神社ではいろんな驚きがあったので、いくつかご紹介します。
① 朝早い時間だというのに高齢者だけでなく、若い人、欧米外国人などが多かった事。
② 中国人観光客が一般観光地と同じように笑顔で記念写真を撮っていた事。
③ 子供にこの神社の意味を教えていたお母さん。
特に高齢のおばあさんが涙をおさえながら手を合わせていたのが印象的でした。

靖国神社への参拝は立場の違いによっていろんな意見があると思いますが、外交戦略が絡む以上、なかなか円満解決はないのでしょうね。

Yushukan_Zero-fighter_Type52_1.jpg
靖国神社内にある遊就館には零式艦上戦闘機五二型が展示されています。
通称「零戦」で有名ですが、名前の由来は軍事兵器の年式を表すのに皇紀(明治政府が定めた日本独自の紀元)を使用するので、2600年(昭和15年)の下二桁の「00」を「零式」と呼ぶのに由来しています。

五二型は昭和18年8月より生産を開始し、甲・乙・丙型を含めて終戦までに約6,000機が生産され、零戦の最多量産型になったそうです。

皇紀記号のトラックといえば、94式六輪自動貨車と97式自動貨車が有名ですね。

Yushukan_Zero-fighter_Type52_2.jpg
この機体は出力アップの為でしょうか、エンジン周囲を囲ったカウルからは排気管が出ており、実に星型エンジンらしい雰囲気でした。 また、カラーリングについてですが、上面部はジャングルを飛行中に上空から分かり難くするために深緑色にし、下面部は地上から見たときに上空に溶け込む色になっています。

Yushukan_Zero-fighter_Type52_3.jpg
零戦に乗り込み際には翼から乗り込む訳ですが、当時のパイロットたちはこの角度からの眺めをどんな気持ちでみていたのだろうか。

Tachiarai_Zero-fighter_Type32.jpg
こちらの零戦は福岡県の大刀洗平和記念館に置かれた”零式艦上戦闘機三二型”です。 高速性能アップを目指して翼端を角型にカットした初期型の同機は、343機製造された中の現存する1機だとか。

大刀洗(たちあらい)というのは福岡県にある町名で、戦時中は東洋一と謳われた大刀洗飛行場があった場所です。当時の飛行機は機体が軽かったので、飛行場といってもちゃんとした滑走路はなく、だだっ広い原っぱから飛び立ったそうで、ちゃんとした滑走路が出来たのが昭和19年から20年にかけてといわれています。

【最後に祖父の戦争体験について】
祖父は戦時中の事についてほとんど話してくれませんでしたが、終戦記念日に辛かった気持ちを教えてくれたことがありました。 まずは負傷者が多い場所で野営をしたときの経験で、トイレに行く際に死人を見るは怖くなかったけど、苦しんでいる人を見るのが辛かったこと。 2つ目は、暗闇で付近の池?までハンゴウに水を汲みに行き、炊事して出来上がったご飯が赤飯のようになっていたので、明るくなってその池の様子を見に行くと血の池だったという話。 最後に病気の心配もあったのでしょうが、敵味方関係なく戦死者を丁重に葬っていたこと。 晩年まで規律正しく真面目だった祖父らしい話で、そんな祖父も没後26年が経ちます。
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COMMENT

何処の国かと思うような偏向報道は無くなりませんね。
それがジャーナリズムだと勘違いしているお目出度い手合いも。

私の祖父は内地配属でしたが、米軍機の迎撃に上がって撃墜された友軍パイロットの遺体の回収に出たことがあるそうです。
祖父の弟の一人は戦死してますが遺骨はありません。

戦死者に敬意を表するのはまともな国なら当たり前の事です。
靖国神社に代わる施設を作ったとしても例の国々は批判は止めないでしょう。
後世の我々がしっかりした自覚を持って考える事が大事でしょうね。

| おけさ | 2014/02/04 19:40 | URI | >> EDIT

おけさ様

偏見報道に関しては、彼らとして危機感の表れなのかも。
日本人は世界で見ても稀な「人の気持ちを考えて行動する」という大和魂というかお人よしというか、そんな美徳をもっていることに付け込んで、ありもしない事件などを騒ぎ立てて「感情論」で罪悪感を植え付けさせる・・・
もう、若い人にはこの手の手法が通用しないようですね。

数年前に学生(理系男子)との懇親会でカラオケに行った際、彼らは最後に「君が代」で締めくくっていましたよ。

おけさ様のご先祖さまも戦時中はつらい思いをされたのですね。

大東亜戦争は、日本に対してABCD包囲網や石油輸出禁止などのさまざまな嫌がらせを受け、当時の選択肢としては「欧米の植民地として従うか」、「武士道精神で己の命と引き換えに愛する国と愛する人を守るために戦うか」の2つしか選べなかった経緯があるので、後者の理由で命を落とされた人に対しては敬意を表するの普通の感覚なんですがね。

| Route★ZERO | 2014/02/09 12:29 | URI |















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